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2025/03/16 (Sun)

『怪盗の伴走者』

怪盗ロータスと検事安西省吾。今は敵対関係にあるが、かつては昔馴染みであり並んで駆け抜けた時代があったのだ。決別した二人がついに相まみえる。

帝都探偵絵図シリーズ第4弾。
なんですけど、3作目までを読んだのがたぶん5年くらい前で、今までの内容をきれいさっぱり忘れてしまってまして。
礼と高広のキャラクターはなんとなく覚えてたし、怪盗ロータスもいた記憶はあるんだけど、安西……誰?みたいな状態で読み始めました。
しかも今回、最初の2話には礼と高広出てこないし。どういうシリーズだったかを思い出せないまま読み進めてしまった感がある。
3巻まで読み返してからにすればよかったかなと若干後悔しています。

なので以下の感想は、もしかしたらというかたぶん絶対、4作続けて読んだときのものとは違うと思う。
キャラクター要素の強いミステリって、キャラクターに対して思い入れが持てないと感想が無になることがえてしてあるじゃないですか。
これは……まぁ、無とまでは言わないけど薄かった。
思い入れはたぶん、5年くらい前に3巻までを読んだときにはあったんだろうと思う。けど、礼と高広に関しては思い出せないまま、この1冊で新しく獲得することもできずに終わってしまった感じ。
まあシリーズの主役とはいえ今作ではサブだから、礼もおとなしかったし、思い入れを持てなくても仕方ないかなとも思うんですけど。

一方のロータスと安西ですよ、問題は。
この二人に関しては、性格とか設定とか特に覚えてなかったけど、1話目2話目の短編を読んでいくうちに思い入れはそれなりに持てた。
でも、というか、だからこそというか、3話目のクライマックスですごくもやもやしたんです。
怪盗が本当に盗みたかったものは、たったひとりの友人だった、っていうシチュエーションはめちゃくちゃ萌えるんだけど。なぜかその萌えをそのまま受け取れなかった。
1つには、3話目に関しては捜査側の高広の視点で見ていたから、怪盗がまんまと目的を達することに歯がゆさを感じてしまったのだと思う。
そして、1話目2話目で描かれていた蓮の性格や性質に、どうも底知れないおそろしさを感じてしまって、安西は本当にそれでいいのか(いや、それが葛藤の末に彼が出した結論なのは分かっているんだけど)と思ってもやもやしてしまう。
情報が非対称すぎるのが気に入らないのかもしれない。友人と言っても、省吾は蓮のこと何も知らなくない?みたいな。怪盗だから経歴明かせないし、生い立ちとか関係なく友達になったっていうのが大事なのは理解できるけど。
個人情報を知らされないのは信用されてないからでは、みたいな感覚を私が持っているので、引っかかってしまう。
友情じゃなくて恩じゃないのかとか。いや、互いに相手に救われたと思っていそうな関係性とか好きなんですけど。けど。
きっと、蓮と省吾には書かれていない二人での冒険もたくさんあって、それを積み重ねてきたから最後の選択に至ったんですよね。でも、書かれていない二人の歴史がどうも想像できないというか。2話目のラストがどうも破局に至りそうな雰囲気出していたから、なんでそこから3話目ラストに繋がったのか処理しきれなかったのかもしれない。

そこになんとなくすっきりしないものを感じていたから、対比として描かれる礼と高広の関係性についてもどうにも気持ち悪さを感じてしまったりして。
非凡な人と普通の人(ただし非凡な人の友人でいられる時点で普通じゃない)みたいなあれは好きなはずなんだけど。
だから高広が安西に語った、どうしてホームズ役をしようとするのかみたいなこととかは良かったんだけど。
さっきから何度も書いているように噛み砕いて抽象的にいえば萌えるシチュエーションではあるけど、みたいに感じるってことはパッションで萌えてはいないんですよね。
なんでだろう。
感情描写がないわけじゃないし。文脈もきちんとあるし。

うーん、いろいろ言っても、結局は今の私には好みじゃない関係性/キャラクターだったっていうだけの話なのかもしれないですが。


明治末期〜大正時代くらいのものを背景に散りばめているこの雰囲気は好きです。
東京の地理や位置関係もぼんやりと分かるようになってきたので、より楽しめた。
服部時計店ってベッキーさんシリーズにも出てきたあれだなとか。
十二階が出てくるだけでなんとなくテンションが上がる。いわんや、がっつり物語の中心に据えられたら。
作中で語られていたあのエピソードは実際にあったことなのでしょうか?
"幼馴染の作家"はまさかあの人じゃなかろうなって思ってたら本当にそうで苦笑した。このシリーズならそりゃそうなりますよね。

この後確か続編出てないし、シリーズは今作が最後なのかしら。

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『泥棒は選べない』

河出書房から出てた伊坂幸太郎のムックで、〈伊坂幸太郎を作り上げた本100冊〉というのが紹介されてたんだけど、その中の1冊。
黒澤さんのモデルになった小説ということで読んでみたんだけど、なるほどまさにって感じでした。
信念を持ったプロの泥棒が探偵役になって事件を解決するという設定だけではなくて、都会的で洒落た雰囲気も、会話の軽妙さも、軽いハードボイルドっぽさも全部、伊坂作品と通じるものを感じました。

そのムックで紹介されてた100冊は、殊更制覇しようとしてるわけでもないので、読んでないものも多いんだけど。
伊坂さんが好きな作家といえば連城三紀彦と島田荘司というイメージがあるのですが、作風は全然違うように感じてたんですよね。物語に昇華された叙述トリックや、大ネタの奇想は、伊坂作品には直接的には見えないから。
だからこの「泥棒は選べない」が、ストレートに伊坂作品っぽくてすごく感動したんですよね。ルーツに触れることができた気がして。

もちろん、伊坂幸太郎への影響がっていうだけじゃなくて、作品自体もおもしろかったです。


泥棒のバーニイが、怪しげな人物に大金を積まれて、ある部屋に盗みに入る。ところが、依頼の品を探してる最中に警察がやってきてしまい、更には寝室から死体が発見され、バーニイには殺人犯の容疑がかけられてしまう。
咄嗟に逃げ出したバーニイは、自分は殺人犯ではないと証明するために、真犯人を探そうとする。

というあらすじなんですが、このはじめのシチュエーションだけですごくわくわくする。

シチュエーション自体の掴みも上手いんだけど、冒頭からバーニイの仕事振りが鮮やかで読んでいて楽しかったです。
何事も、プロの仕事って読んでて惚れ惚れするなぁって思いました。熟練の技というか。
怪しまれずにドアマンの横をすり抜けたり、「七つ道具」を使って鍵を開けたり、盗むものを探して机を分解したり……。


バーニイは強盗殺人の容疑がかかっているので、家に帰ることもできないし堂々と表を歩くこともできない。
ミステリとして、そういう制限がある状況の中で捜査をするために主人公がどう動くかってところもおもしろいポイントだった気がします。
捜査パートも、バーニイは泥棒なので必要そうなところにこっそり入って必要そうな情報をこっそり盗んでくるのが、どこかおかしい。

何より文章が読んでて楽しかった。ウィットに富んで洒落ていて。
だから客観的にみればけっこう悲惨な状況な気がするのに、全然そんな感じはしない。

結末も普通にびっくりしました。
ときどきあるパターンではあるけど。
ちょっとしたエピソードが繋がってきていたり、本筋とは関連しないけど気になると思ってたことが本筋に関連してきたり、かゆいところに手が届く感じで謎が解けていっておもしろかったです。
続きも何冊か読みたい。

警察官の制服は効果絶大すぎるだろってちょっと笑った。
っていうかこの女懲りてないのかよ。

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『幻坂』

大阪にある「天王寺七坂」を舞台にした怪談の短編集。
怪談とは書いてあるけれども、あんまり怖い話ではなく、幻想的で不思議な感じ。幽霊とかはまぁ出てくるので、いつも読んでた推理小説とは違うなとは思いました。
坂はやっぱり異界との境だから、怪異がある物語の舞台としてうってつけなんですよね。
そこまで計算して書かれているのかは分からないですけど、よくできてるなって思った。
「源聖寺坂」と「天神坂」に出てきていたあの人は、最近単行本出たやつですよね。そっちも読んでみたい。

大阪自体あんまり行ったことないし、この舞台になってる天王寺辺りは本当に全然知らない土地なのだけれども、これを読むと実際にこの辺りを歩いてみたいなと思いました。
冒頭に載っていた地図の縮尺はわからないけど、作中の描写とか読む限りかなり近そうですよね。
土地の歴史や関連する文学作品についての解説が適宜はさまれていたので、すごくおもしろかった。
大阪は通史的なイメージを持ちにくいと作中でも言われてますが、確かに中世の大坂はあんまりイメージなかったなぁ。古代は私が興味あるから多少はね、わかりますけど。難波京跡とか見に行ったし。

浮瀬とか、名前は聞いたことあるんだけど、お店はこの辺だったのか、とか。
高津宮や生國魂神社は名前聞いたことあるな、とか。
7つの坂にまつわる7つの話で、土地の歴史を説明してきていて前準備が整ったところに「枯野」と「夕陽庵」がもう!すごく良かった。
それは私が歴史をもとにした物語が好きだからというのがおおいにあるとは思うんですけど。
この流れでそれこそ、オオサザキの話とかも読んでみたかったです。

もともと、作家アリスシリーズ、学生アリスシリーズでも有栖川先生の叙情的な部分はかなり好きだったんです。
だから、解説で「新境地」というふうに書かれていて意外に思った。謎解きがないのはそうかもだけれども、こういう「繊細で抒情的な」文体や雰囲気はもともと持ってらした方だと思ってたので。
そうじゃなきゃ月夜の湖にボート浮かべて中原中也の詩を暗唱するようなシーンは書けないと思うんですよね。というのも、ちょっと違っている気はしますが。



各短編の感想を軽く。

「清水坂」
語りの文体がすごい。大阪弁の語りが、まさに生の言葉のように感じられた。
だからこそ語り手は誰に、なぜ語っているのだろうという疑問が生じたのだけど……特に答えはなかったですね。
あと、なぜか最初は語り手が女性のように感じていて、途中で混乱した。叙述トリックではないと思う。

「愛染坂」
艶めいて美しい話かなぁとも思うんですけど、そう納得するには男がクズですよね。
歴史の話や、お祭りの話が興味深かったです。
お囃子がジャズやロック、あるいはレゲエやサルサに喩えられるのも興味深い。
大阪府内でも、摂津と河内や泉は違うんですね、狭い範囲なのに(というと怒られるかもしれませんが)文化の分水嶺的なものはどこにあるんだろう、と興味がわきます。物語には関係ないですが。

「源聖寺坂」
これが一番ホラーっぽい怪談だったんじゃないかしら。
そして心霊探偵が登場するミステリでもあったので、話としては分かりやすかったです。
空想癖の強い女の子が怖いものを欲しがった感覚は納得できる。そこで、主人公が坂を恐れた気持ちに説明が付いたと思ったら、実際に怪異が現れてという二段落ちみたいな構成もいかにもで楽しい。
結局、主人公が恐れていた雛人形は何だったんでしょう。

「口縄坂」
なんとなく長野まゆみっぽさを感じた。
耽美ではあるけど文体が乾いているし、主人公の性別とかも、全然違うんだけれども、起こっていること自体は長野まゆみ作品でありそうな感じ。ハーメルンかな?
これも、夢じゃないとすればすごく怖いことが起こってますよね。
このあとどうなるんだろうを想像することで怖くなるという。

「真言坂」
ぞくっとする話が続いた後に、切ない感じの幽霊話。
これも、歴史や文学の紹介がおもしろかったです。

「天神坂」
最後の晩ごはんだ……と思ってしまった(笑)
大阪の味も確かにあんまり和食とかはイメージないですね。献立を読んでも味を想像できないけれどもだからきっとおいしいんだろうなって思って、食べてみたいです。
真田十勇士のくだりがすごく楽しかった。天神さんはいらっしゃらないのかしら。わくわく。亡くなったのはここじゃないから難しいのかな。

「逢坂」
俊徳丸-しんとく丸説話を題材にした芝居の話。
なんですけど、あの日のキーワードと謡曲でもある説話との組み合わせがどうも、柳さんのあの短編集を思い出してしまって、流れ弾的につらくなる。
この話自体は全然そんな話じゃないんですけど。
「死者はすぐには昇天せず、しばし大切な者のそばにとどまる」という霊の解釈がおもしろかったです。
土地に結びついた説話を土地に連れ戻すというのが、なんとなくいいなあと思いました。
地縁が薄くなっても、情報が拡散しても、土地土地にはそこならではの物語があるんですよね。

「枯野」
松尾芭蕉の臨終の話。
書いてあることは、ある程度は実際にあったことなんですよね、たぶん。史料で分かってるんだろうなあ、近世の有名人はすごいですよね。
で、史実的なところに物語を肉付けしていくのが巧い。
枯野のイメージが辞世に繋がっていくところからの、最期の心境がものすごく良かったです。

「夕陽庵」
主人公、名のある人で最後に明かされるのかなと思ったけど、特にそうでもなかったですね。いや、私が無知だからわかってないだけかもしれないです。
夕陽を通して極楽浄土を見るのは、やっぱり『朱色の研究』を思い出しました。

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『ネジ式ザゼツキー』

タイトルだけは印象的で、ずっと名前は知っていた本でした。
大学生の頃にときどき行っていたお好み焼き屋さんが「ねじ式」という店名で、それで関連づけて話題にのぼったんだったと思う。

名探偵傑作短篇集でどうにも物足りなさがあったので、これを機会に読んでみました。
すごくおもしろかったです。
読んでる間は熱中して、続きが気になって先へ先へと進めたくなる。
真相が少しずつ判明して物語が展開していくのがとにかくおもしろい。

シリーズの順番通りには読んでないので、読むたびに御手洗の職業が違う気がするけど、今回はウプサラ大の研究所にいる脳科学者でした。
そこに、記憶がなく、新しい記憶もつくられない症状のエゴン・マーカットが訪れる。
御手洗は彼の書いた童話「タンジール蜜柑共和国への帰還」をもとに、彼の過去を推理するが、未解決事件に行き当たる。
という感じの話。


島田荘司さんの書く、狂人(と思われる人)の書いた物語とその読み解きが私はとても好きなんです。
梅沢平吉の手記とか、『眩暈』の手記とか、『奇想、天を動かす』の作中作とか。
エゴンはべつに狂人ではないけど、というか例にあげたやつの書き手は誰も狂人ではないけど。
あやしくうつくしく幻想的で魅力的。
そんな物語の奥に隠された真実を掘り出すという手法もとても好きで。
私は歴史が好きなんですけど、それと似たところがあると思ってます。潤色や誤りや異なる価値観のせいで、語られたとおりには受け取ることのできないテキストを読み解いて、埋もれた真実を見つけるのにはロマンがありますよね。
……なんですけど、「タンジール蜜柑共和国への帰還」は、今まで読んできたそれらに比べて少しなんというか「読み解かれるためテキスト」っぽさが強かったというか。人工的というか。
謎解きなしで単体で楽しめただろうかというと、正直微妙な気がする。
そう感じたのは、テキスト自体の内容のせいでもあるんだけど、序盤から御手洗がこの物語の中に失われた記憶があるのだとずっと言っているからというのもあると思う。
御手洗が解くものと思って読んでるから、幻想に溺れるのではなくて伏線を探して読んでしまうんだよね。
だから後半にある、「ゴウレム」の部分の方が求めていたものに近かった気がします。
「私」は誰なのかという謎もあって解明を待ち望むけど、読んでいる間は神秘的な雰囲気に幻惑できる。ゴウレムとかユダヤの秘術とか、テーマも好みでしたし。
ちょっと血とか肉とかグロテスクだったけど。

「タンジール蜜柑共和国への帰還」はファンタジーだったけど、それを読み解くとSFになり、さらにミステリに戻っていく流れがおもしろかった。
なんでネジ式でザゼツキーなのかも、驚きと納得とでもやっぱり何それってなるのがバランスよくミックスされてて、楽しい。

ノベルスでいうと158pと176pの、ページをめくって謎が明かされる感じがすごく良かったです。
158pでその名前を目にして、それってあれだよねって思っていたのが裏付けられたのも気持ちよかった。
B,S,Tの分類は、はじめに羅列して後からそれぞれ説明してくかたちだったので、なんでそうなるのって読みながら疑問だったけど、説明を最後まで読めばすっきりしたし。


この『ネジ式ザゼツキー』の中で現実に進行形で起こってる部分は、はじめは御手洗の一人称で、後半はハインリッヒの一人称でそれぞれ書かれてたんだけど、地の文がかなり少なくてほとんど会話で進められていってたんですよね。
だから、御手洗の一人称の部分でも御手洗が何を考えているか――というかどういう思考過程で謎を解いたかが分からなかったので、今まであまり意識してなかったけどこれはそういうシリーズなのかなって納得した。
過程ではなく結果の披露を楽しむやつなんですね。ここに5時間煮込んだ鍋がありますみたいな。
今回に関しては、タンジール蜜柑共和国の読み解きはここで初めて話を聞いたんじゃなくて、前もって推理していたことの確認作業みたいなところもあったから、余計にそうだったのかもしれない。
ネジ事件の方は、御手洗が事件のどこに引っかかっているかはわかったけれども、そこからどうやって結論を導き出したかは飛躍が大きすぎて御手洗は天才だなーとしか。
それでも、推理の結論部分だけでも(だけってこともなかったけれども)あっと驚くものだったし、すごく楽しかったです。

会話で進展してく話だし、事件も過去のものだから、ちょっと情報提示の箇条書きっぽさが強かったなと思った。
けどああして伝聞体で箇条書きっぽく書いててもこの分厚さだからなぁ。情報を並べるだけじゃなくするともっと長くなりそうですよね。
読んでる間はそんなに長さ感じなかったけど。
縦長のノベルスで横書きだったから、分厚くなってたというのもあるのかもですね。

横書きなのはまぁいいとして、途中で台詞英文になって面食らった。分からない単語ググりつつなんとなく読めたけれども。賢くなりたい。


ところでエゴンは56歳なんだけど、冒頭に御手洗が「ぼくより少し上か、そうでなくてもほとんど変わらなかっただろう」と言ってて、今の御手洗はそんな年なの!?
ちゃんと時代に合わせて年をとるタイプのキャラクターなんですね。
キャラクターの性格や性質なんかは、この間読んだ短篇集とほとんど変わってないように思えて、だから余計に年齢に驚いた。

あと、変わっているといえば、あの、ハインリッヒって何者ですか?
御手洗とのやりとりがどうもレギュラーキャラクターっぽかった(ワインをバスタブに〜のくだりとか)けど、このときの助手役なの?石岡君は?
やっぱりシリーズ順番に読んでいくべきか……。

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『名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇』

実は……っていうのもあれだけれども、御手洗シリーズは有名な長編を何作か読んだだけで、短篇集を読むのはこれが初めてでした。
今まで読んだことのある長編作品は、事件の謎も魅力的だし、真相もなんていうかぶっ飛んでて、すごくおもしろかった。
それに比べるとこの短篇集に乗っている短篇は、数段おもしろさが落ちるかなぁというのが正直な感想でした。
とはいえ、「すごくおもしろい」から「普通」くらいですが。

短篇だから、奇想がそこまで発揮されていないのも若干残念だったんですけど、推理小説としてはそれよりも、御手洗の思考過程が全然追えないのがもやもやした。
たとえば些細なように思える依頼の、どこで深刻な事件と判断したのか。
何が糸口になったのか。
どういう経緯で事件を追っていったのか。
そういうのが特に説明されないから、起こっていたことの説明はあってもどうにもすっきりしない。
5つの短篇があるうちの4つで御手洗は単独行動してたから、余計にそういう印象が強くなったのかもしれませんが。
石岡和己が助手の立場から書いた物語だから、あるいは過程を隠すことで御手洗の天才性を強調できるから、そうなるのかなとも思うんだけど。
まぁ、これは好みの問題ですね、きっと。


石岡和己が助手の立場から御手洗の活躍を書いた物語っていうのは徹底していて、なんだか嬉しかった。
地の文の立場がはっきりしていて、意味がある小説が好きなんです。
とはいえ、なかなか続きを出せない言い訳っぽいのが多くてどうなのとも思ったけど。
少し意外だったのは、石岡君が思ったよりも御手洗に対して皮肉っぽい描写をしてるところ。
それがホームズ・ワトソンの関係性よりもどちらかというと、ポアロ・ヘイスティングスの関係っぽい気がしました。
べつに、御手洗はカボチャ投げてそうって意味じゃなくて(笑)
探偵の仕方はホームズ的だと思うので、あくまで探偵と助手の関係性の話です。が、語れるほどにはどれも読んでいないので、あくまでも印象論。
ワトソンはホームズに対して心酔していて、憧れているようなところがあると思う。
一方でヘイスティングス大尉は、けっこうポアロに批判的な描写も多いし、自分の考えを述べるのもポアロに勝てると思ってるからな気がしたんですよね。絶対ではなく、対等な感じ。
で、石岡君もそんな感じなんだなって思いました。
ただ、読者としては御手洗は名探偵だと思っているから、何か考えがあって行動するのだろうと想定するのに、石岡君がその行動にやたら突っ込みを入れているのが、必要以上に馬鹿な印象を受けました。
そんな感じで、言うほどには御手洗も石岡君も人間的魅力(?)が感じられなかったです。
あとがき読む限りでは、その辺にスポットを当てた編み方してるっぽいんですけど。
でも「SIVAD SELIM」は良かった。

御手洗シリーズがキャラクター人気というかカップリング人気というかが強いということはまぁ知っていますが、この短篇集ではいまいち萌えどころがわからなかったので、ほかも読んでみたい。


あとは、物語の舞台が東京のものが多くて、ぼんやりとは位置関係を把握できるようになっていたので、なるほどあの辺りかって思いながら読めてよかった。
聖地巡礼とかやりがいがありそうですね。


各短編の感想はつづきから。

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つづきはこちら




「数字錠」
アリバイトリックはおもしろかった。
けど、序盤の御手洗のあの嘘が、なんでわざわざあんな明らかな嘘ついたのかも、なんで皆それで騙されるかも意味わからなくて、引っかかる。いや、理由は一応説明されてたけど納得できない。なんで騙せると思ったの。
そこにずっともやもやしていたので、後半の御手洗の人情味とかも一歩引いて見てしまって、あまり楽しめなかった。
シリーズファン的には、「私立探偵 御手洗潔」の始まりの話として感慨深い短篇なのかもしれないですけど、まだそこまでではないので……。

「ギリシャの犬」
たこ焼き屋盗難事件と、誘拐が結びつくところがおもしろかった。
隅田川舟遊も、シチュエーションはあれだけれどもなんとなくほのぼのして、読んでいて楽しい。
石岡君はもっと御手洗を信用したほうがいいと思う。少なくとも言われたことはやっとけってキリキリした。

「山高帽のイカロス」
この短篇集では唯一の、私の思っていた島田荘司らしい事件。
山高帽に燕尾服を身に着けて空を飛べると主張する奇矯な画家が、空を飛んでるかのような格好で死んでいるのが発見された。ってこれだけですごくわくわくする。
ビルの上階にある扉の話とかも楽しかった。

「IgE」
姿を消した美女と、頻繁に壊されるレストランの男児用便器。
2つの全く別々の依頼が、ひとつの事件に収束していく。のはいいんだけど、やっぱり御手洗はどこでその繋がりに気づいたのか気になる。
ラストに出てくる意味ありげな女性との会話は何だったのか。ほかのシリーズ作品読んでたらわかるの?

「SIVAD SELIM」
高校生からクリスマスに行う手作りコンサートへの出演を依頼されるが、御手洗はその日だけは駄目だと言って断る。
事件が全く起こらないのだけれども、この話は好きでした。
石岡君は安請け合いしすぎとか、先約って言ってるじゃんとか、そこまで喧嘩することでもないよね?っていう気はなんとなくするものの。
開会の挨拶を頼まれて狼狽するところや、そもそも高校生の熱意に感動したり、御手洗を口説けなくて謝ったり、英語が喋れなくてへどもどしてたり、そういうところに親近感を感じて良かった。たぶんここでようやく、彼のキャラクターを(あるいは人間味を)感じられたように思う。
そして颯爽と現れる御手洗がかっこいい。

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