タイトルだけは印象的で、ずっと名前は知っていた本でした。
大学生の頃にときどき行っていたお好み焼き屋さんが「ねじ式」という店名で、それで関連づけて話題にのぼったんだったと思う。
名探偵傑作短篇集でどうにも物足りなさがあったので、これを機会に読んでみました。
すごくおもしろかったです。
読んでる間は熱中して、続きが気になって先へ先へと進めたくなる。
真相が少しずつ判明して物語が展開していくのがとにかくおもしろい。
シリーズの順番通りには読んでないので、読むたびに御手洗の職業が違う気がするけど、今回はウプサラ大の研究所にいる脳科学者でした。
そこに、記憶がなく、新しい記憶もつくられない症状のエゴン・マーカットが訪れる。
御手洗は彼の書いた童話「タンジール蜜柑共和国への帰還」をもとに、彼の過去を推理するが、未解決事件に行き当たる。
という感じの話。
島田荘司さんの書く、狂人(と思われる人)の書いた物語とその読み解きが私はとても好きなんです。
梅沢平吉の手記とか、『眩暈』の手記とか、『奇想、天を動かす』の作中作とか。
エゴンはべつに狂人ではないけど、というか例にあげたやつの書き手は誰も狂人ではないけど。
あやしくうつくしく幻想的で魅力的。
そんな物語の奥に隠された真実を掘り出すという手法もとても好きで。
私は歴史が好きなんですけど、それと似たところがあると思ってます。潤色や誤りや異なる価値観のせいで、語られたとおりには受け取ることのできないテキストを読み解いて、埋もれた真実を見つけるのにはロマンがありますよね。
……なんですけど、「タンジール蜜柑共和国への帰還」は、今まで読んできたそれらに比べて少しなんというか「読み解かれるためテキスト」っぽさが強かったというか。人工的というか。
謎解きなしで単体で楽しめただろうかというと、正直微妙な気がする。
そう感じたのは、テキスト自体の内容のせいでもあるんだけど、序盤から御手洗がこの物語の中に失われた記憶があるのだとずっと言っているからというのもあると思う。
御手洗が解くものと思って読んでるから、幻想に溺れるのではなくて伏線を探して読んでしまうんだよね。
だから後半にある、「ゴウレム」の部分の方が求めていたものに近かった気がします。
「私」は誰なのかという謎もあって解明を待ち望むけど、読んでいる間は神秘的な雰囲気に幻惑できる。ゴウレムとかユダヤの秘術とか、テーマも好みでしたし。
ちょっと血とか肉とかグロテスクだったけど。
「タンジール蜜柑共和国への帰還」はファンタジーだったけど、それを読み解くとSFになり、さらにミステリに戻っていく流れがおもしろかった。
なんでネジ式でザゼツキーなのかも、驚きと納得とでもやっぱり何それってなるのがバランスよくミックスされてて、楽しい。
ノベルスでいうと158pと176pの、ページをめくって謎が明かされる感じがすごく良かったです。
158pでその名前を目にして、それってあれだよねって思っていたのが裏付けられたのも気持ちよかった。
B,S,Tの分類は、はじめに羅列して後からそれぞれ説明してくかたちだったので、なんでそうなるのって読みながら疑問だったけど、説明を最後まで読めばすっきりしたし。
この『ネジ式ザゼツキー』の中で現実に進行形で起こってる部分は、はじめは御手洗の一人称で、後半はハインリッヒの一人称でそれぞれ書かれてたんだけど、地の文がかなり少なくてほとんど会話で進められていってたんですよね。
だから、御手洗の一人称の部分でも御手洗が何を考えているか――というかどういう思考過程で謎を解いたかが分からなかったので、今まであまり意識してなかったけどこれはそういうシリーズなのかなって納得した。
過程ではなく結果の披露を楽しむやつなんですね。ここに5時間煮込んだ鍋がありますみたいな。
今回に関しては、タンジール蜜柑共和国の読み解きはここで初めて話を聞いたんじゃなくて、前もって推理していたことの確認作業みたいなところもあったから、余計にそうだったのかもしれない。
ネジ事件の方は、御手洗が事件のどこに引っかかっているかはわかったけれども、そこからどうやって結論を導き出したかは飛躍が大きすぎて御手洗は天才だなーとしか。
それでも、推理の結論部分だけでも(だけってこともなかったけれども)あっと驚くものだったし、すごく楽しかったです。
会話で進展してく話だし、事件も過去のものだから、ちょっと情報提示の箇条書きっぽさが強かったなと思った。
けどああして伝聞体で箇条書きっぽく書いててもこの分厚さだからなぁ。情報を並べるだけじゃなくするともっと長くなりそうですよね。
読んでる間はそんなに長さ感じなかったけど。
縦長のノベルスで横書きだったから、分厚くなってたというのもあるのかもですね。
横書きなのはまぁいいとして、途中で台詞英文になって面食らった。分からない単語ググりつつなんとなく読めたけれども。賢くなりたい。
ところでエゴンは56歳なんだけど、冒頭に御手洗が「ぼくより少し上か、そうでなくてもほとんど変わらなかっただろう」と言ってて、今の御手洗はそんな年なの!?
ちゃんと時代に合わせて年をとるタイプのキャラクターなんですね。
キャラクターの性格や性質なんかは、この間読んだ短篇集とほとんど変わってないように思えて、だから余計に年齢に驚いた。
あと、変わっているといえば、あの、ハインリッヒって何者ですか?
御手洗とのやりとりがどうもレギュラーキャラクターっぽかった(ワインをバスタブに〜のくだりとか)けど、このときの助手役なの?石岡君は?
やっぱりシリーズ順番に読んでいくべきか……。
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