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妖怪と神話とミステリと甘いものが好き。腐った話とか平気でします。ネタバレに配慮できません。

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『フーガはユーガ』

伊坂幸太郎の書き下ろし長編。

男がファミレスで自らの半生を語る。虐待する父親に支配された日々。シロクマのぬいぐるみに纏わる傷。そして、双子の秘密。誕生日に起きる瞬間移動。僕の弟は僕よりも結構、元気です。

語り手である優我自身が「僕の話には嘘も省略もある」と発言する信頼できない語り手で、双子の話なので、なんとなく『悪童日記』を思い浮かべていました。
双子の弟自体が存在しないのでは、って。
ちょっとちゃんと読み解けていないので、その可能性もなくはないけれどもそうなると面白さやこの話の中心部分が変わってきてしまうから、双子が双子なことは間違いないんだと思う。
けど、最後の部分がなんだか釈然としなくて。
なんとなく全体的に曖昧さを残しているように感じる。

その点では、昨年の『ホワイトラビット』のほうがはっきりとした話で、好みではありました。
どんでん返しの驚きどころがわかりやすかったというか。
こちらは何が仕掛けられているのかわからないままで。もちろん伊坂作品なので、後半にかけて台詞や状況がフラッシュバックする楽しさはありますが。

っていうか単に、主人公が浮かばれない感じがしてそれが釈然としないだけだと思う。
本人的には満足なのかもしれないけれども。
でもそのあとも淡々と語り続けているのが、どういう心境なのか読めなくて、やるせないと勝手に思ってしまう。
閑話休題が遅すぎる。

伊坂幸太郎は超能力的な不思議なことが起こる話も、兄弟の話も、強権的な存在に立ち向かう話もよく書いているので、見たことがある要素で再構成した感じがしました。
それが悪いというよりも、同じような素材でも切り口や調理法や味付けを変えると違う物語になるんだなというのがおもしろい。

あとユーガって名前の響きが優午みたい、と思っていたら作中で言及されていてちょっと楽しくなった。
伊藤が、おそらく現在の仙台で生きている、そして案山子の話を双子にした、ということがなんだかほっとした。こうしてその後を垣間見られるのはうれしい。
ほかにも拾えていないリンクあるのかな。
隻腕でボウリングしていたカップルの男は、何かありそうだけれどもパッと思い出せない。

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『赤い博物館』

警視庁捜査一課に所属していた寺田聡は失態から、警視庁付属犯罪資料館、通称「赤い博物館」に左遷される。キャリアながら長年館長を勤める緋色冴子のもとで、未解決事件の再捜査を行う。


大山さんは未読だったのですが、人に勧められて。
数年前、ドラマでやってたのを見ていたので何作かは見覚えがある感じでした。
っていうかドラマの再構成の仕方はうまかったんだなって思った。一番印象に残ってるシーンがスナックでカラオケしながらカレー食べてるみたいなしょうもない記憶力なのですが。連作短編集の中の一部の事件を、主人公自身の過去にすることでキャラクターに奥行きが生まれるし、紹介できる事件も増えて一挙両得かなって。

ドラマの話は措いておいて、小説の方。
全体的には可もなく不可もなくというか、可だけど優や秀ではないというか。
読んでいる間はおもしろかったし、謎解きもよくできていると思うけど、何も残らずに通り過ぎていくタイプの小説かなと思いました。

大山さんは今回が初読なのですが、作家のイメージとして、職人肌な印象を勝手に抱いていたんですね。本格ミステリが好きで、技巧を凝らしたトリックやロジックのために物語を設定しているような。だから苦手なタイプだろうなと敬遠してたんです。
でも少なくとも「赤い博物館」は物語としてもそこそこおもしろかった分、インパクトの強い事件や謎解きはなかったように感じました。
あとミステリ研出身とは思えないほど文章が読みやすかった!
私はそんなに頭がよくないので、屋上屋を架すレベルで仮定をひとつずつ消していくようなのは途中で解らなくなってしまうのですが、短編なこともあるのか、シンプルに説明をしていたので分かりやすかったです。多少の粗や別解の隙(あるのか検討してないですが)よりも、話として筋が通っていれば良いという感じなのかな。

時効を迎えた未解決事件の再捜査ということで、捜査資料と遺留品から推理するのは少し歴史研究っぽさもあって好きです。
そういう設定だから、手がかりは読者にも同じものが過不足なく与えられている。聞き込みにも行くけれども、多くの場合あくまで確証を得るためのものであって探偵役である緋色冴子は既に仮説を立てている。という設定が巧いなと思いました。
そして解決編で着眼点がどこだったかを示されるのがおもしろかった。自分も読んで違和感を持ったところだったりすると嬉しい。

一方で、過不足なく情報があるから伏線がわかりやすいというか、ちょっと描写が多いとそういうことなのかな?と思うようなところがあったというか。
そういうのをうまく使っている短編もあったけれども。

あと登場人物の行動が、感情的に動いて事件を起こしているはずなのに感情の動きがめちゃくちゃロジカルみたいな。
動機を推理するにはそうするしかないけどそれってすごく不自然ですよね。
取ってつけたように最終話で緋色冴子の過去が仄めかされていたけれども、続編は出るのだろうか。

一番好きな短編は「復讐日記」で、次点が「死に至る問い」でした。好きなものの傾向が分かりやすい。
過去の事件だからか、何かしらが入れ替わってる系の話が多かったですね。そこまでマンネリ感はなかったけれども、振り返って気づいた。


印象に残った短編だけそれぞれの感想。

「復讐日記」
上にも書いたように一番好き。
手記とかに書いた人の意図が反映されているとテンションが上がります。そして意図のないところに意味を見出すのにも。
わざわざ血液型に言及してて分かりやすいなと思ったらひっくり返される興奮たるや!
事件関係者たちの心情を思うとやるせない気持ちになる。

「死に至る問い」
これは動機が好きというか、動機のためにこの事件を起こしたというその一点がもう大好き。

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『時をとめた少女』

ロバート・F・ヤングの短編集。
全体的に、『たんぽぽ娘』(短編集)の方が好きでした。というかヤングは『たんぽぽ娘』が好きで何作か読んだけど、ファーストインプレッションを超えるものはなくて、やっぱり『たんぽぽ娘』の方が好きなものが多かったと思うことが多い。
代表作はやっぱりその作家の作品の中でも良いものだから代表作になるんだよなぁとしみじみ思いました。

ただ今作の解説で「願望充足的」と評されていたのを読んで、若干好きという気持ちが翳ってしまった。
そういうのに害されるのも嫌なんだけれども、そうかもしれないなぁという気もしてしまったので。
なんていうか、主人公の男に都合の良い女ではあるんだよね、「たんぽぽ娘」のヒロインも。
ただあの叙情的な文章やSF的な雰囲気で(なのか?)、ごまかされてしまっているというか。主人公に、そして物語に都合良い存在であることに気づかずに読めてしまう。それはそれで小説としてすごいと思う。
でも、「願望充足的」という批評を聞くとなんとなく、ごまかされていた深層が見えてしまった感じがして。
今短編集は「たんぽぽ娘」よりそのごまかし方が巧くないのかなという感じもしました。気づいてしまえば、あからさまに見えてしまう。

各短編感想。
「わが愛はひとつ」
全体主義国家の政治犯として人口冬眠の系に処せられた男は、百年の眠りから覚めて、かつて短い新婚生活を過ごした家へ帰る。
追憶をロマンティックに書くのはやっぱり巧いなと思います。
細かい数値の計算はよく分かっていないのですが、風景として描かれていたそれがそう使われてくるのか、というのはおもしろかった。

「妖精の棲む樹」
樹木技術員の男がある惑星で巨木を切り倒そうとしているとき、樹上でドライアドと出会い、恋に落ちる。
ドライアドとの恋や、自然保護云々の問答と葛藤は正直そんなにそそられなかったのだけれども、最後に明かされるその樹の生態がめちゃくちゃ好みでした。むしろそっちをメインに据えて文化人類学的な謎解きとして話を進めてほしかった。それはこの作家に期待することではないかもしれないけれども。
樹木技術員という職業が養成学校とかもあってそれなりの地位がある(少なくとも女の子にモテる)環境ってどういう世界なのかなということも気になりました。開拓している数々の惑星に多くの巨木があるのかしら。
やっぱり、この話はロマンスではない面から書かれたものを読んでみたかった。伐採作業の描写とか、動きを想像してわくわくしたので。
ところでなんとなく手塚治虫の絵柄でドライアドを想像していました。何故。

「時をとめた少女」
6月の朝、ロジャーは赤いドレスの背の高い魅力的な女の子と出会った。そして翌朝、彼は青いドレスを着た金色のそばかすの風変わりな女の子に出会った……。
ユーモアもあって、シンプルにおもしろかったのですが。
時間SF部分が1作目と同じネタだったので、またこれかと思ってしまって若干醒めた目で見てしまった。
このあらすじも、「おとといはうさぎを見たわ。きのうは鹿」を意識しているのかしら、なんてうがったことを考えてしまう。

「花崗岩の女神」
巨大な女体型の山脈を登りながら、男は人生を回想する。
この短編集は浦島効果と登る話を交互に並べているのか?と思った。
なので、オチのところでも、それが「女神」あるいは彼女を造り上げた異星人に有益であると判明したらおもしろいのにと思いました。
「女神」の面影を求めて美しい妻と出会い、そしてメイドに惹かれるわけですが、その「女神」への憧れも、根底にはマザーコンプレックスがあったということなのかしら。巨大な女性すなわち、幼児にとっての母。

「真鍮の都」
ビリングスは自動マネキン会社の時間旅行員として歴史的重要人物を誘拐し、本物そっくりに複製するのが仕事だ。9世紀のアラビアに遡行し、シェヘラザードを誘拐したものの事故で10万年後の地球に飛ばされ、魔人と対峙する。
『たんぽぽ娘』所収の「11世紀エネルギー補給ステーションのロマンス」と同系統の、著名な物語に時間SFを混ぜてボーイミーツガールにしたてた小説。自動マネキンというアイディアも、「エミリーと不滅の詩人たち」を思い起こさせる。
これはすごくおもしろかったです。
アラビアン・ナイトの世界とSFがうまく絡んでいて、シェヘラザードもかわいいし。
長編化されているらしいので、それもそのうち読んでみたいですね。長編のほうは微妙だってそれこそ『たんぽぽ娘』解説に書いてありましたけど。
ところで歴史的重要人物の身近な存在って非重要人物ってことで本当にいいの? 風が吹けば桶屋が儲かるよりももっと直接的に因果に関わってこない? 時空連続体に歪みをきたさない? ってのが心配で仕方ないんですけれども。

「赤い小さな学校」
少年は、かつて過ごした赤い小さな学校に戻るため、両親の元を抜け出して旅をしていた。
ディストピア感のある話。
校長自身もまた、ということが明かされる最後はなんとも寒々しい気持ちになった。自らがそうだったから下の世代に押し付けているのか、それとも新しい方法を考えられないように「教育」されているのか――。

「約束の惑星」
東欧の一党独裁国家を救済するための宇宙移民が計画されたが、移民船団の中でニュー・ポーランド行きの宇宙船だけが行方不明となってしまう。不時着した星で、ポーランド人のコミュニティにたった一人の異邦人として生きる元宇宙船パイロット。
キリスト教の素養があったほうが楽しめたのかもしれない。
老人が淡々と自らの半生を語っていくその哀愁、寂寥感がとても良かったです。彼が見つけた居場所は途中で予測がつくものだったけれども、そのことは決して物語の価値を低めない。

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『京都なぞとき四季報』

何もかも懐かしい……。
下鴨古本市も、おむら屋も、NFも、NFで申請忘れて1共地下フロアで会誌を売っていたことも。
前巻(単行本版)を読んだ頃は私まだ学生だったなぁとか思うとなんだか泣きたいような気持ちになりますね。

タイトルも装幀も単行本版の方が好きだったので、正直ダサい(というか量産型京都お店ミステリっぽい)タイトルになっちゃったなぁと残念に思ってたのですが、そのおかげで売れて2巻が出たのかしらと思うと、やっぱりパッケージングって大事なんですね。
あと、似たものを読みたい勢は思っているよりも多いから似たようなパッケージングのものが売れるのだろうか。
いや、そもそもタイトル変えて文庫化して売れたから2巻が出たかは定かじゃないですけど。
最初から一年を書くつもりだったという話をどこかで聞いた気がするし。

今回、青春ものとしてめちゃくちゃ良かったですね。
1作目は青春に注力した作品とミステリ重視の作品がけっこうバラついてたのに、今回は一冊の本としてすごくまとまっていた。
事件が物語に絡んでいるし、何より、理想と憧れと恋愛のギャップをちゃんと書いているのが良かったです。
だから一作目よりもキャラクターが生きている感じがした。特に青河さん。
一作目では、ヒロインのわりに魅力が読者には伝わらなくて、トーチカはなんで惚れたんだろうと思っていたのですが。こういう話になってみると、青河さん像がぼんやりしていたのも、視点人物であるトーチカがぼんやりとしか見ていなかったからなのではという解釈もできる。

逆に今回、キャラクターとしての魅力が微妙に感じたのが瓶賀さんでした。
ルヴォワールシリーズで双竜会をしているときは、純粋にキャラクターとして見れてたし、だから私は烏丸がすごく好きなんですけれども。
大学でミステリ研の会長をやっていると、なんか二重写しに見えるというか。
瓶賀さんの台詞として書かれていること、別の人物の台詞として聞いたことがあるぞ、となってしまいまして。
三秒で来いとか。

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『古生物学者、妖怪を掘る』

今年の夏に実家に帰省した時の新幹線で、フリーペーパーに載っていた「荒俣宏妖怪探偵団」という企画をおもしろく読みました。特に、古生物学者の人がその観点から妖怪とされたものを同定しようとしているのが興味深かった。
で、その後、新書になってるんじゃんと気づいて読んだ次第です。

江戸時代の古文献を古生物学の視点から”科学書”として読み解くという試みの本。
その試み自体はすごく興味深いです。
でも提示される解釈は正直あやしいというか、「妖怪」とされたものを解体するには、生物学的な観点だけじゃ不十分ではないかと思いました。たとえば黄表紙の中で洒落や言葉遊びを取り入れたり、ほかの宗教的な事物と習合していたりするので。
とはいえ、それらの解釈を著者自身が絶対的に信じているわけではなく、これをきっかけに議論が起きることこそが本望というのでは、こういう反論をするのも術中にはまっている感じがする。

冒頭で導入として、「鬼になぜ角がついてしまったのか」という話があったのですが。
生物学的には、角をもつ生き物は草食動物だという指摘には、言われて見れば確かになるほどと思った。
でも、ではなぜ鬼に角がついてしまったかって、いろいろ言ってるけど図1に引用している『画図百鬼夜行』の鬼の絵に書いてあるじゃん! 鬼門が丑寅だから牛の角に虎皮って言ってるじゃん! と思ってしまって。
だから、鬼に角があるのは牛の角だし、牛頭邪鬼も牛の頭なわけで、そこを説明しないままに角=悪者のイメージ、と話を進めていってしまうのはフェアじゃないという感覚が拭えなかった。
羊や山羊の角がついているバフォメットとかにしたって、供儀としてのその動物だとか。本書でも触れられていたように、異教の文化に対する解釈の仕方だとか。そういうものが総合的に絡んできているはず。
第三章で言っているように、「生物の基礎ルールを知った上で、どうフィクションとしてつじつまを合わせるか」という話にするとしても、フィクションでその必要はあるのだろうかみたいなことを思ってしまいました。ファンタジー世界ではその限りではないでいいんじゃないみたいな。
でもファンタジーじゃがいも問題のように、気になる人は細部まで気になるのだろうな……。

鵺=レッサーパンダ説、去年ぐらいに「ムー」の広告で見てすごくインパクトがあったのですが、それもこの人だったのかと驚いた。
思っていたよりも説としてちゃんとしていたし、レッサーパンダ化石が日本で出土していたことも初めて知りましたが、それが平安時代までいたかというとやっぱり微妙ですよね。

ヤマタノオロチが洪水でなく火山だという説は不勉強ながら初めて知ったのですが、それはわりと平仄が合う感じがしました。
一つ目妖怪がゾウやイルカというのも、おもしろい。
化石だけ見ると確かにそう見えるのか、って。
もちろん、それがすべてそうではないのだろうけれども。

全体的にこの本は、もっと根拠を見せてほしいというところで深く掘り下げないで、軽い話をするほうにページを割いていたような気がしてちょっと微妙でした。
もっと本気でやってほしかった(?)

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