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妖怪と神話とミステリと甘いものが好き。腐った話とか平気でします。ネタバレに配慮できません。

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『バビロンまでは何マイル』

多元宇宙が舞台のファンタジー。
無数にある世界は半分が魔法のある世界、もう半分が地球のように魔法を信じていない世界で、マジドと呼ばれる魔法管理官が各世界を担当し、揉め事やバランスを調整している。
地球出身の魔法管理官ルパートが巻き込まれたのは魔法の国コリフォニック帝国の後継者探しと地球での新人管理官選び。ふたつの世界の難題を同時に抱え込んだルパートの運命やいかに。

読んでいて、すごく楽しい物語でした。
おもしろいので逆に感想が浮かばないというか、ここがよかったというのがあらすじ説明になってしまうんですよね。
物語展開としても次から次に事件が起きるし、文体も軽妙でちょっと軽口をたたくような雰囲気があって、キャラクタも一筋縄ではいかない人たちばかりで。
新人マジド候補として登場するマリーなんか、初登場シーンではすごく嫌な奴というか頭がおかしいんじゃないかみたいな印象を受けるんですけど、彼女視点の部分を読み進めていくうちにだんだん愛着が出てきて、いつのまにか好きになっているんですよね。ルパートと同じで。
そうして読者とルパートが十分マリーを好きになったところで分割させるという、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの鬼畜のような所業!

バビロンのあの世界の描写も興味深かったです。
どうしてそういうふうにできているのか。作者は何かの神話や伝説から材料を得たのかしら、とか。
この物語世界の中でも極秘事項で上界の人々すら知らないことなんですよね。
でもニックとマリーの道行きはここで書かれたようだったけれども、別の人が別の願いを携えていくとまた違った光景が広がっているのではないかと思いました。

あとおもしろいなと思ったのは、魔法とコンピュータがどちらも普通に使われているところ。
主人公のルパートの職業がゲームソフトのデザイナなのもそうですし、作中でも魔法でプロテクトされたコンピュータを開こうとしたり、あるいは魔法的なコンピュータウィルスのようなものが出てきたり。
なんとなく、科学技術と魔法って対立項なのかなという印象があるので、新鮮に感じた。

チャールズ・ドジソンがマジドなのだとしたら、C.S.ルイスやJ.R.R.トールキンもマジドだったんじゃないかしらなんて想像していました。
特別な知識を少しずつ公開というか、地球人に異種族のイメージを植えつけたのはこのあたりの人たちじゃないかと思うんですよね。しゃべるビーバーとか。ホビットとか。
ニックが主人公の別作品『花の魔法、白のドラゴン』にはそれこそ異世界の様子をそのまま書いて地球で出版しているマジドが出てきていましたね。

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『ドゥームズデイ・ブック』

『犬は勘定に入れません』が抱腹絶倒のコメディだったから軽い気持ちで読みはじめたんだけれども。
タイトルが示唆しているので予想はしていたつもりだったんだけども、こんなに体力が必要な小説だとは思わなかった。

途中まで何が起こっているのかがわからなくて、というよりも何が起こる話なのかがわからなくて、なかなか先を読む気になれなくて。だって「なにかがおかしい」という言葉だけ残して技術者が倒れちゃうんだもん。おかしいのが降下のことなのか体調のことなのかもわからないまま昏睡と譫妄を行き来し、伝染病が流行していったわけで。
現代と過去どちらに軸足をおいて読むべきかよくわからなかったんですよね。
一方で第三部に入ってからは、しんどいんだけど何の話かははっきりしているからどんどんページをめくっていけたんだけれども。
でもつらい!
次々に人は倒れていくし、手の施しようがなく死んでいく絶望感。時代人たちに愛着を抱かせてからこの展開にする作者は鬼畜ではないか。
流行のタイミングが現在と過去でずれているのも、そのせいで読んでいる間中ずっと伝染病で人が死んでいくのでつらい。
読んでいて思い知ったのが、黒死病が殺したのは黒死病に罹患した人だけではなかったということ。
もちろん魔女裁判的なことは知識としてあったけれども、それだけじゃなくて、看病疲れからの別の病気とか、パンデミックを目の当たりにして追い詰められて狂気のなか自殺するとか、そういうことも当然ありえたんだと思い知った。これは小説だから事実ではないにしても、似たようなことが起こっていただろうと推測しうる。

それでも最後は救いがある話なので良かった。
鐘の音や雪景色の清浄さに病の穢れが浄化されていくように思えた。
ローシュとキブリンの関係もまた良いですよね。恋愛では絶対にないけど、強い愛だった。パンデミックの極限状況で、吊橋効果のようなものもあったかもしれないけれども、そんな状況でも人と人が関係を結びうることは尊い。

同じくらいの時代が舞台のSFでも『異星人の郷』とは違って、文章には軽みがあるんだけど、主人公のキブリンを通して読者も中世を生きている感じがするので、起きていることが実感としてのしかかっている感じ。
両方の物語に共通してるのは、歴史学は事実を知り得ないという考えかな。史料から読み取れることと実質に起こっていたこととの距離は大きい。
でもまあ謎の異星人より21世紀の女の子のほうが感情移入しやすいし、時代人とも心を通わせやすかったよね。(異星人の郷は、だからこその異文化理解というか理解しきれなくても交流が成り立つことが素晴らしかったのですがそれはともかく)
その時代に居合わせる辛さというのは、自分が死にかねないことではなく、親しい人がいなくなっていく絶望であるということ。そして先を知ってしまっていること。「絶望とは未来を知る人が陥るもの」というのは私の好きなGRANRODEOの歌の歌詞なのですが、まさにその未来を知るがゆえの絶望ですよね。この場合。

でも未来を知っているから希望もあるわけで。
オックスフォードでこんなに伝染病が猛威を振るって、人がたくさん死んでいても、3年後にはコヴェントリー大聖堂を再建するまでに復興してるんだ。と知っているのは救いになる。

ところでこの話において、ダンワージー先生は神なんですね。YHWH。キブリンもダンワージー自身も比喩として使っているとおり。
だから最後の一行がすごく良い。
ひとり子を世につかわし、けれどどこにいるかもどうなるかも知らず、助ける手立てもないものとして神が表されているのがなんだかおもしろい。作家アリスの『悲劇的』という短編をふと思いました。救おうと奔走したけど手段が断たれていたのか、それとも居眠りをしていたのかはそれこそ神のみが知るところですが。

私はキリスト教徒にとって神がどのような存在かわからないけど、ローシュ神父というキャラクターを通じて、神がどのようなものかが描かれていた(キブリンにとってのダンワージーとオーバーラップさせるかたちで)から、非キリスト教圏の読者にもわかりやすい。
だからコーダーに記録するときに祈りのような体制を取るんだ。
振り返って見るとなるほど構造が巧みだなと思いました。
ほかのいくつかのシーンで現代パートと中世パートが呼応していて、これが解説で言っている技巧なのかと納得した。
たぶん拾えてないものもいくつかあるんだろうな。あまりにも自然に構造と物語とキャラクターが溶け合っているせいで。

そう、もちろん脇役も魅力的でした。
キャラクターとして魅力があるというより、そういう役割の人がそこにいると話が膨らむとか構図が映えるとか、そういう意味での魅力。
特に現在パートの方の人たちはキャラクターとして戯画化されていたので、そこの楽しさで悲壮な話が重すぎずに読めたんだろうな。
悪役としてはギルクリスト。レイディ・シュラプネルとは別ベクトルで厄介な人だった。知識がなく、保身と立身出世と自己正当化だけ考えているような人間がアカデミズムの場に要るのが問題なんだ、と現実世界の憤りもぶつけたくなるような。それでも死んだと知るとそこまでの悪人でもなかったのに、と切なくなる。
学部長は最初から最後まで不在の人として存在してましたね。不在の理由がなにかあるんじゃないかと思ってたら別に回収されなかった。
フィンチは、犬勘定のときとイメージが違った。執事が犯人ってのがフィンチにもダブる印象だったので。……と思ったけど、教授から見るのと学生から見るのの違いかもしれない。ダンワージー先生も犬勘定のときはもっと泰然としているように見えたから。もしかしたら、犬のときもネッドが知らないところでてんやわんやしてたのかも。
コリンはかわいいし頼もしいしでも背景を考えるといじらしくて、なんていうかアメリカ映画に出てくる子役っぽい。この間テレビで見たホーム・アローンみたいな。
ダンワージーが倒れてメアリが亡くなったとき、どうしていたんだろう。「ぼくにはなんにも教えてくれないんだ」という言葉が痛い。
いつか彼が史学生になったときの話も読んでみたい。

中世のほうでも、アグネスがかわいかった。子供は希望だし、だからこそ死が悲惨。アグネスの症状はバードリのものと似てる感じがしたけれども、キブリンから感染したにしては潜伏期間が合わない。
当時の人にとっては黒死病も原因不明の病だったわけだから、すべてに説明がなされるわけではないということなのかな。わかりようがないし。
ロズムンドの林檎も辛かった。中世女性の結婚というのはそんなにも、どうしようもならないものだったのか。エリウィスみたいに、と言ってしまうのもあれだけれども、そうなるのもやむを得ないのかもしれない。結婚してから恋をするみたいな。恋ができる状況ならまだいいくらいで。

どこまでが史実に基づいていることなのか、時代考証とかどの程度正しいのか(この作者なら微に入り細を穿つレベルで調べていてもおかしくないとは思うけど)は分からないけれども、ファンタジーやゲームに汚染されていない生の中世は想像以上に過酷。
黒死病がなくても、人々は貧しく病気がちで衛生状態も悪いし、食べるものや着るものの質も悪い。
どこまで本当にそうだったかはわからないけど、中世の生活が細かく書かれているからこの物語のもっともらしさも強まっているわけで、そしてそれによって書かれている中世のあり方も本当っぽく見えるので、まさに「神は細部に宿る」なのかなと思った。

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『罪深き緑の夏』

BOOKWALKERで角川文庫無料キャンペーン中だったので、気になってたのをこの機会に読んでみました。

読み終わって何ひとつすっきりしない!!

画家の非嫡出子として生まれた淳は、ある夏に父親の妻がいる熱海を訪れ、山の上にある蔦屋敷で百合という少女に出会う。その記憶は彼の奥深くに根づいていた。
成長した後、淳は画家となり、将来有望な新進画家として期待される腹違いの兄太郎と、その友人の山野とともに個展を開く。ところが、淳の個展の準備中に画廊で火事が起こり、淳と兄の作品が焼失してしまう。
その後、太郎とその婚約者となった百合の自動車事故、太郎を脅迫する謎の男の存在、太郎の絵の損壊、絵画教室の生徒である幼児の失踪等事件が続く。
……というのが雰囲気とか匂わせとかを排除したあらすじなわけなのですが、これらの事件が全く解決されずに終わるんです。

服部まゆみは『この闇と光』『一八八八切り裂きジャック』の2冊を読んだことがあるのですが、どちらも耽美的な雰囲気は好きだけどストーリーが面白くなかったという印象で、今作も同じく。
今まで2作読んで、そういう作風だと知ってはいても、事件的なものが起こったら解決されることを期待してしまうじゃないですか。
切り裂きジャックはまだ、分かりやすかったとはいえ解決はあった。犯人は誰かとか。
今作は解決がない……というか、一応あいつが犯人だったという話はあるんですけど、それを指摘している人物を信用できない。なんかすべての事件の罪を死んだ人に着せている感じもある。
由利香の母親も、たぶんそうなんだろうなと思っていたそのままだったし。作者はこれは隠していたつもりだったのだろうか。
それよりはよほど太郎と恭平の関係のほうが意外性がありました。

そもそも、語り手が胡乱なんですよね。関口くんとどっこいどっこいなレベル。
だから、地の文で語られていることに何ひとつ確信が持てない。事実ではなく、主観を通したものが書かれている。
最終章で、それまでの部分が――つまり主人公の一人称視点の文章が手記というか、作中世界に実際に存在する紙に書かれたものということが示唆される。そのパートがあるからこそ、真偽も何も曖昧なまま、真実が別にあるのではないかと思わせられるのかなと思いましたが、そういう構造は切り裂きジャックの方が巧かったと思います。切り裂きジャックでは、手記にあたる部分で主人公がそれを書いていることを示唆されていたので、語られていたのが事実ではないというのも納得できるというか。

ところで、その構造もですけど、全体的に書いていることが切り裂きジャックと似ている気がしました。
テーマというかストーリーというか。
うだつの上がらない「醜い」主人公が、身近にいる輝かしい男性に羨望と嫉妬を抱きつつ悩んでいるが、芸術作品の作成を通して浄化される。みたいな。プラス事件が起きて探偵の真似事をするみたいな。
そんなわけで、読んでいて既視感というかまたこれかという感じが拭えなかった。
書かれた順番的には『罪深き〜』→『一八八八〜』なので、ブラッシュアップはされているわけですが。
なんか……うーん、もうこの作家を読むことはないかなぁという気分。

妖しく美しい蔦屋敷の描写や、フレスコ画を描くシーンの爽やかさと熱情なんかは好きだったのですが。

そして鷹原……というこの家は、やっぱり一八八八切り裂きジャックの光と関係があるのかしら。悪名高い祖父の更に一世代前くらい?直系ではなく傍系だった気がしますが。

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『フーガはユーガ』

伊坂幸太郎の書き下ろし長編。

男がファミレスで自らの半生を語る。虐待する父親に支配された日々。シロクマのぬいぐるみに纏わる傷。そして、双子の秘密。誕生日に起きる瞬間移動。僕の弟は僕よりも結構、元気です。

語り手である優我自身が「僕の話には嘘も省略もある」と発言する信頼できない語り手で、双子の話なので、なんとなく『悪童日記』を思い浮かべていました。
双子の弟自体が存在しないのでは、って。
ちょっとちゃんと読み解けていないので、その可能性もなくはないけれどもそうなると面白さやこの話の中心部分が変わってきてしまうから、双子が双子なことは間違いないんだと思う。
けど、最後の部分がなんだか釈然としなくて。
なんとなく全体的に曖昧さを残しているように感じる。

その点では、昨年の『ホワイトラビット』のほうがはっきりとした話で、好みではありました。
どんでん返しの驚きどころがわかりやすかったというか。
こちらは何が仕掛けられているのかわからないままで。もちろん伊坂作品なので、後半にかけて台詞や状況がフラッシュバックする楽しさはありますが。

っていうか単に、主人公が浮かばれない感じがしてそれが釈然としないだけだと思う。
本人的には満足なのかもしれないけれども。
でもそのあとも淡々と語り続けているのが、どういう心境なのか読めなくて、やるせないと勝手に思ってしまう。
閑話休題が遅すぎる。

伊坂幸太郎は超能力的な不思議なことが起こる話も、兄弟の話も、強権的な存在に立ち向かう話もよく書いているので、見たことがある要素で再構成した感じがしました。
それが悪いというよりも、同じような素材でも切り口や調理法や味付けを変えると違う物語になるんだなというのがおもしろい。

あとユーガって名前の響きが優午みたい、と思っていたら作中で言及されていてちょっと楽しくなった。
伊藤が、おそらく現在の仙台で生きている、そして案山子の話を双子にした、ということがなんだかほっとした。こうしてその後を垣間見られるのはうれしい。
ほかにも拾えていないリンクあるのかな。
隻腕でボウリングしていたカップルの男は、何かありそうだけれどもパッと思い出せない。

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『赤い博物館』

警視庁捜査一課に所属していた寺田聡は失態から、警視庁付属犯罪資料館、通称「赤い博物館」に左遷される。キャリアながら長年館長を勤める緋色冴子のもとで、未解決事件の再捜査を行う。


大山さんは未読だったのですが、人に勧められて。
数年前、ドラマでやってたのを見ていたので何作かは見覚えがある感じでした。
っていうかドラマの再構成の仕方はうまかったんだなって思った。一番印象に残ってるシーンがスナックでカラオケしながらカレー食べてるみたいなしょうもない記憶力なのですが。連作短編集の中の一部の事件を、主人公自身の過去にすることでキャラクターに奥行きが生まれるし、紹介できる事件も増えて一挙両得かなって。

ドラマの話は措いておいて、小説の方。
全体的には可もなく不可もなくというか、可だけど優や秀ではないというか。
読んでいる間はおもしろかったし、謎解きもよくできていると思うけど、何も残らずに通り過ぎていくタイプの小説かなと思いました。

大山さんは今回が初読なのですが、作家のイメージとして、職人肌な印象を勝手に抱いていたんですね。本格ミステリが好きで、技巧を凝らしたトリックやロジックのために物語を設定しているような。だから苦手なタイプだろうなと敬遠してたんです。
でも少なくとも「赤い博物館」は物語としてもそこそこおもしろかった分、インパクトの強い事件や謎解きはなかったように感じました。
あとミステリ研出身とは思えないほど文章が読みやすかった!
私はそんなに頭がよくないので、屋上屋を架すレベルで仮定をひとつずつ消していくようなのは途中で解らなくなってしまうのですが、短編なこともあるのか、シンプルに説明をしていたので分かりやすかったです。多少の粗や別解の隙(あるのか検討してないですが)よりも、話として筋が通っていれば良いという感じなのかな。

時効を迎えた未解決事件の再捜査ということで、捜査資料と遺留品から推理するのは少し歴史研究っぽさもあって好きです。
そういう設定だから、手がかりは読者にも同じものが過不足なく与えられている。聞き込みにも行くけれども、多くの場合あくまで確証を得るためのものであって探偵役である緋色冴子は既に仮説を立てている。という設定が巧いなと思いました。
そして解決編で着眼点がどこだったかを示されるのがおもしろかった。自分も読んで違和感を持ったところだったりすると嬉しい。

一方で、過不足なく情報があるから伏線がわかりやすいというか、ちょっと描写が多いとそういうことなのかな?と思うようなところがあったというか。
そういうのをうまく使っている短編もあったけれども。

あと登場人物の行動が、感情的に動いて事件を起こしているはずなのに感情の動きがめちゃくちゃロジカルみたいな。
動機を推理するにはそうするしかないけどそれってすごく不自然ですよね。
取ってつけたように最終話で緋色冴子の過去が仄めかされていたけれども、続編は出るのだろうか。

一番好きな短編は「復讐日記」で、次点が「死に至る問い」でした。好きなものの傾向が分かりやすい。
過去の事件だからか、何かしらが入れ替わってる系の話が多かったですね。そこまでマンネリ感はなかったけれども、振り返って気づいた。


印象に残った短編だけそれぞれの感想。

「復讐日記」
上にも書いたように一番好き。
手記とかに書いた人の意図が反映されているとテンションが上がります。そして意図のないところに意味を見出すのにも。
わざわざ血液型に言及してて分かりやすいなと思ったらひっくり返される興奮たるや!
事件関係者たちの心情を思うとやるせない気持ちになる。

「死に至る問い」
これは動機が好きというか、動機のためにこの事件を起こしたというその一点がもう大好き。

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