大阪にある「天王寺七坂」を舞台にした怪談の短編集。
怪談とは書いてあるけれども、あんまり怖い話ではなく、幻想的で不思議な感じ。幽霊とかはまぁ出てくるので、いつも読んでた推理小説とは違うなとは思いました。
坂はやっぱり異界との境だから、怪異がある物語の舞台としてうってつけなんですよね。
そこまで計算して書かれているのかは分からないですけど、よくできてるなって思った。
「源聖寺坂」と「天神坂」に出てきていたあの人は、最近単行本出たやつですよね。そっちも読んでみたい。
大阪自体あんまり行ったことないし、この舞台になってる天王寺辺りは本当に全然知らない土地なのだけれども、これを読むと実際にこの辺りを歩いてみたいなと思いました。
冒頭に載っていた地図の縮尺はわからないけど、作中の描写とか読む限りかなり近そうですよね。
土地の歴史や関連する文学作品についての解説が適宜はさまれていたので、すごくおもしろかった。
大阪は通史的なイメージを持ちにくいと作中でも言われてますが、確かに中世の大坂はあんまりイメージなかったなぁ。古代は私が興味あるから多少はね、わかりますけど。難波京跡とか見に行ったし。
浮瀬とか、名前は聞いたことあるんだけど、お店はこの辺だったのか、とか。
高津宮や生國魂神社は名前聞いたことあるな、とか。
7つの坂にまつわる7つの話で、土地の歴史を説明してきていて前準備が整ったところに「枯野」と「夕陽庵」がもう!すごく良かった。
それは私が歴史をもとにした物語が好きだからというのがおおいにあるとは思うんですけど。
この流れでそれこそ、オオサザキの話とかも読んでみたかったです。
もともと、作家アリスシリーズ、学生アリスシリーズでも有栖川先生の叙情的な部分はかなり好きだったんです。
だから、解説で「新境地」というふうに書かれていて意外に思った。謎解きがないのはそうかもだけれども、こういう「繊細で抒情的な」文体や雰囲気はもともと持ってらした方だと思ってたので。
そうじゃなきゃ月夜の湖にボート浮かべて中原中也の詩を暗唱するようなシーンは書けないと思うんですよね。というのも、ちょっと違っている気はしますが。
各短編の感想を軽く。
「清水坂」
語りの文体がすごい。大阪弁の語りが、まさに生の言葉のように感じられた。
だからこそ語り手は誰に、なぜ語っているのだろうという疑問が生じたのだけど……特に答えはなかったですね。
あと、なぜか最初は語り手が女性のように感じていて、途中で混乱した。叙述トリックではないと思う。
「愛染坂」
艶めいて美しい話かなぁとも思うんですけど、そう納得するには男がクズですよね。
歴史の話や、お祭りの話が興味深かったです。
お囃子がジャズやロック、あるいはレゲエやサルサに喩えられるのも興味深い。
大阪府内でも、摂津と河内や泉は違うんですね、狭い範囲なのに(というと怒られるかもしれませんが)文化の分水嶺的なものはどこにあるんだろう、と興味がわきます。物語には関係ないですが。
「源聖寺坂」
これが一番ホラーっぽい怪談だったんじゃないかしら。
そして心霊探偵が登場するミステリでもあったので、話としては分かりやすかったです。
空想癖の強い女の子が怖いものを欲しがった感覚は納得できる。そこで、主人公が坂を恐れた気持ちに説明が付いたと思ったら、実際に怪異が現れてという二段落ちみたいな構成もいかにもで楽しい。
結局、主人公が恐れていた雛人形は何だったんでしょう。
「口縄坂」
なんとなく長野まゆみっぽさを感じた。
耽美ではあるけど文体が乾いているし、主人公の性別とかも、全然違うんだけれども、起こっていること自体は長野まゆみ作品でありそうな感じ。ハーメルンかな?
これも、夢じゃないとすればすごく怖いことが起こってますよね。
このあとどうなるんだろうを想像することで怖くなるという。
「真言坂」
ぞくっとする話が続いた後に、切ない感じの幽霊話。
これも、歴史や文学の紹介がおもしろかったです。
「天神坂」
最後の晩ごはんだ……と思ってしまった(笑)
大阪の味も確かにあんまり和食とかはイメージないですね。献立を読んでも味を想像できないけれどもだからきっとおいしいんだろうなって思って、食べてみたいです。
真田十勇士のくだりがすごく楽しかった。天神さんはいらっしゃらないのかしら。わくわく。亡くなったのはここじゃないから難しいのかな。
「逢坂」
俊徳丸-しんとく丸説話を題材にした芝居の話。
なんですけど、あの日のキーワードと謡曲でもある説話との組み合わせがどうも、柳さんのあの短編集を思い出してしまって、流れ弾的につらくなる。
この話自体は全然そんな話じゃないんですけど。
「死者はすぐには昇天せず、しばし大切な者のそばにとどまる」という霊の解釈がおもしろかったです。
土地に結びついた説話を土地に連れ戻すというのが、なんとなくいいなあと思いました。
地縁が薄くなっても、情報が拡散しても、土地土地にはそこならではの物語があるんですよね。
「枯野」
松尾芭蕉の臨終の話。
書いてあることは、ある程度は実際にあったことなんですよね、たぶん。史料で分かってるんだろうなあ、近世の有名人はすごいですよね。
で、史実的なところに物語を肉付けしていくのが巧い。
枯野のイメージが辞世に繋がっていくところからの、最期の心境がものすごく良かったです。
「夕陽庵」
主人公、名のある人で最後に明かされるのかなと思ったけど、特にそうでもなかったですね。いや、私が無知だからわかってないだけかもしれないです。
夕陽を通して極楽浄土を見るのは、やっぱり『朱色の研究』を思い出しました。
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