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2024/05/20 (Mon)

『愚か者死すべし』

沢崎シリーズの第2部第一作。
ついに読み終えてしまった……。
悲しさでいっぱいです。
この先の物語がまだ世に出てないのがもどかしい。早く続き読みたい。


『さらば長き眠り』を読んだときに、沢崎が時代の流れに取り残されることを思ってつらい、という感想を確か書いたと思うんですけど、そんな私の一方的な感慨をよそに作品内の時間はあっという間に進んでいましたね。
今回はたぶん2000年くらい?
沢崎はともかく、登場人物たちが携帯電話を使うようになっていたのに驚いた。
世紀が変わっても沢崎が変わらずにかっこいいままだったので、多少安心しました。

でも、物語はちょっと求めていたものと違う方向に行ったなぁ、と感じてしまった。
何が気にいらなかったっていうと、暴力団だとか、政治だとか、社会の暗部に切り込むような話。
まあ『そして夜は甦る』だって都知事選で起きた事件がメインになっていたし、渡辺との関連で暴力団は最初っから出てきてたんだけど。
短編集でも選挙活動の話はあったし、スパイの出てくる話もあったし、渡辺の息子は学生運動やってたし沢崎は反権力的な性格だし。そういう社会派的なテーマは、もしかしたら作者が興味があることなのかもしれないですが。
なんかでもそれは、ここまで物語の中心的な位置にはいなかったと思うんですよね。
事件や沢崎の人生の背景ではあるけど、物語の中で焦点が当たっているのは、今事件の捜査をしている沢崎だった。
今回は事件の捜査の過程でどうしても前景になってきてしまっていたので。
うーん、21世紀には沢崎の活躍できる場所は、そういう裏社会だけになってしまったのだろうか。

あとやっぱり暴力団とか狙撃犯とか出てくると、キャラクターの生死を心配してしまうんですよね。
沢崎のシリーズは私が思っていたよりは虚しい人死にが少ない、と今まで読んで分かっていてもキリキリハラハラして疲れる。
ある程度情報が出て親しみを覚えた登場人物に対して、この人はここで沢崎と別れた途端に死ぬのでは?と何度思ったことか……。


だからというわけでもないと思うんですけど、サスペンス要素強めで推理シーンは少ないように感じた。
そして、沢崎のかっこいい発言(台詞地の文問わず)も少ないような気がした。
期待しすぎていたのかもしれないですが。
いや、生き様がかっこいいのは相変わらずなんですけどね!仕事を探す知人女性への粋な計らいとか、その直後に善意を利用した自己嫌悪に陥るところとか、すごく沢崎らしくて好き。


微妙に文句っぽいことを書いたとはいえ、3つの事件が別々に起こり互いに目くらましになっていた構造はおもしろかったです。
そもそも事件がいくつあるのかも、何と何が同根かもわからずに捜査をしていくところから、徐々に絡み合ったものが解けていってそれぞれの真実にたどり着くところが良かった。
今回の事件は、沢崎は全体としては依頼を受けて動いていたわけではなく、巻き込まれたという立ち位置だったのが、サスペンス風味が強かった理由なのかもしれないとふと思った。
依頼人がいなければ、推理を披露する場もなく、今回は犯人に推理を突きつける感じでもなかったわけで。
あーでも、『私が殺した少女』も巻き込まれて始まった話といえばそうか。

真犯人が犯行に至った大元の動機が明かされないままだったというのは意外でした。
あのシーンでの会話は『虚無への供物』みたいな、読者たちへの告発のような意図を含んでいたのだろうかという気もしていて、だとしたらすべてが明かされないのも納得できるんですけど。


ただ冒頭が少し読みにくかったです。
時系列順に書いていたときには敢えて伏せていて、後に必要になったときに明かすみたいな書き方を何ヶ所かでしていたので、「えっそんなことどこに書いてあったっけ?」って思って読み返すことがかなりあり、遅々として読み進められなかった。
その手法で隠されていたことが明かされても、驚きというよりはアンフェアで不親切な感じを抱いた。
中盤からはそういう読みにくさはなくなった代わりに、社会の裏にあるシステムみたいな話になってしまい、違和感が拭えなかったわけですが。


今回は出てこないのかと残念に思っていた錦織警部もとい警視補が、巻末掌編に出てきたのでにやにやした。
利用しようとする辺りとか依頼人に仕立てようとする辺りとかもう!もう!
良いですねー。

ところで、このシリーズには意外と高い頻度で同性愛者が出てくるのには何か理由があるのでしょうか。
いや、『私が殺した少女』のときは意外性が目くらましになってミステリ的に意味があったと思うんですけど。百合も同じ要素はあったけど。今回の人はそういうの特になかったじゃないですか。
沢崎はフラットな人だから、マイノリティに当たる人もちょくちょく出てくるんだろうか。今回も引きこもりを更生させてたり。自由生活者とも一緒に行動してたしな。車椅子の弁護士だって、そうである理由は特にないし。そもそも、暴力団員も日陰者なわけだし。
初野晴みたいに弱者に寄り添おうという雰囲気が強いわけではないけど、思い返すとそうなのかもしれないと思うところはありますね。
でも沢崎は億万長者やヤクザや社会的影響力の強い人に対しても同じ態度なので、弱者に優しいというよりもやっぱりフラットという印象が強い。弱きを助け強きをくじくことをしているけど、そういう甘い考えを持ってやっているのではなく、フラットでいると結果としてそうなるみたいな感じといいますか。
だから、情を隠しているけれども人間味ある人という感じで、とてもかっこいい。

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『さらば長き眠り』

私立探偵沢崎シリーズ、三部作の三作目。
読み終わって溜息を吐いた。
なんというか、感無量です。すごく良い小説だった。
あと短編集一つと長編一つで、今出版されているものの全部だというのが物足りない。まだ読んでいないけど、ずっとこのシリーズを読んでいたい。
早く新刊出してほしいです。

一方で、作中の年代が少しずつ進んでいて今作は1993年になっていて、それより未来のことを考えて少し切なくなった。
現代の東京には沢崎のこだわりや仕事の手法は馴染まないんじゃないかと思ってしまって、時代に取り残された老人を想像してしまって、悲しくなる。勝手な想像なので、たぶんもっとタフな人だと思うんだけれども、過去に閉じ込めておきたいみたいな気分。


さて、あらすじ。
400日ぶりに東京に帰ってきた私立探偵沢崎を待っていたのは、浮浪者の男だった。男の導きで、沢崎は元高校野球選手の魚住からの調査を請け負う。11年前、魚住に八百長試合の誘いがあったのが発端で、彼の義姉が自殺した真相を突き止めてほしいというのだ。調査を開始した沢崎は、やがて八百長事件の背後にある驚愕の事実に突き当たる…(文庫裏表紙から引用)


浮浪者に言付けて名前だけを残していた依頼人の正体を探りだすところから始まって、依頼を受けたのが全体のページの三分の一くらいだったんですけど、そこまでの紆余曲折が楽しかったです。
沢崎と浮浪者の交流も良かった。浮浪者をきちんと一人の人として扱っている感じや、彼らが何を嫌がるのかという描写がリアルに感じた。
そしてその浮浪者の桝田と別れる時の文章がめちゃくちゃかっこいい!!
ハードボイルドで確か「さよなら」という言葉に関してかっこいい台詞が何かあった気がするのですが、その本歌取りみたいなものなのかもと思うんだけれど、とにかくかっこよかった。
引用します
「私は”さよなら”という言葉をうまく言えたためしなど一度もないのだった。そんなことを適切なときに言える人間とはどういう人間のことだろう。」
……めちゃくちゃかっこよくないですか!?
そして、このときに「一度もない」と言い切るということは、この場面に先立ってあったはずの別れのときにも言えなかったのだろう、と想像して切なくなる。言わないのが彼らしいとも思うけど。

そう、冒頭から引っ張っている謎がもう一つあって、それは沢崎が不在だった400日間はどこで何をしていたかということ。
ヒントは少しずつ書かれていて、最終的に何をしていたかは明かされるわけなんですが。
その期間、彼は何を思っていたんだろう。具体的に日々をどう過ごしていたんだろう。そういったことを読みたい。けど、巻末の掌編にある以上のことは書かれないんだろうなと思います。
巻末掌編はちょっとした叙述でしたね!もう本気で心配して損した。


事件自体もおもしろかったです。
46章の最後の一文が衝撃的だった。
今回の犯人はわりとかなりクズでしたが、周りの人たちはボタンの掛け違えで人生を狂わされた感じの人が多くて、だから主犯の人のクズさが際立つ感じでしたね。

11年も前の自殺と思われた事件の捜査をする難しさが、エンタメとしてちょうどいいハードルになっていて、捜査シーンが読んでいておもしろかったです。
証人が亡くなっていたり、引っ越していて行方が知れなかったり、記憶が曖昧になっていたり。警察の方も自殺と見込んでいるから、通り一遍の捜査しかしていないし。何より遺書があったところで人の気持ちは分からない。という風に書かれていて、そういうものなのかと思った。
で、そういう状況だけれども推論を積み立てて真相にたどり着くのがすごくおもしろかった。

捜査の途中で、「女は~」みたいな表現があったのには辟易した。昭和的な(作中は既に平成だけど)価値観といったらそれまでなんだろうけど、そういうことに女とか男とか関係なくない?って思ったので。
1作目の巻末掌編で「そういう感慨には男も女もないはずだ」と言っていたから、なんとなく沢崎はある意味平等主義的なところがあるのかなと思っていたので、そうじゃなかったのかとがっかりした。
いや、「女は~」と言い出したのはむしろ女性の登場人物だったから、沢崎に対してがっかりしたと言うのはお門違いなんですけどね。


ところで、沢崎の”女”は誰だったんだろう。
この物語には全く出てきてないですよね?そういう存在がいるということは仄めかされていたけれども。
てっきりハスキーボイスの人かと思っていたんだけど、最後のあの書き方は違うなと思って。


三部作の最終巻らしく、これまでの話に出てきた人たちがちらちらと出てきていて楽しかったです。
清瀬琢巳の登場は、”あの人は今”的なシリーズ読者へのサービスもあるのだろうけど、大築百合の設定に対する心理的な伏線だったのかもしれない。似たような事例が前にもあったと示すことで、納得しやすくなるみたいな。

草薙という議員とか、ほかにも過去の事件がやたら思わせぶりに書かれていたものは短編集に載っている事件なのかしら。
このまま次は短編集を読むつもりなので、確かめようと思います。

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『初秋』

月に一度やっている「ふたり読書会」の、10月の課題本。
先週末に読んではいたんですが、感想をまとめるのが延び延びになってしまった。

離婚した元夫から15歳の息子を取り戻してほしいという女性の依頼を受けた私立探偵スペンサーは、夫婦の間で嫌がらせの取引材料のように扱われる少年を、自立させようと手を貸す。
という話。

少年とハードボイルドな探偵の心の交流は非常に良かったです。
生き方を教えるところの台詞なんかもかっこよくて、読後感もヤングアダルトっぽく爽やかで。
思春期に読んでいたら、こんな人間になりたいと思っていたのかもしれない。

ハードボイルドって、背中で語るというか、生き方にこだわりを持っていてもそれをあまり口に出して言わないようなイメージだったんです。大事なことはペラペラと言わないこと自体がこだわりのひとつみたいな。
でもこの話では、少年に生き方を教えるためかと思うんですけど、あえて口に出しているところが多くて、意外だった。
その人生訓が、横にマーキングしたくなるような、かっこよくて自分もそうありたくなるようなもので、良かったです。
もう一つ意外だったのが、泣いてもいいんだというようなことを言っていたことでした。
「ハードボイルド」も、この話に出てくるスペンサーも、マッチョイズム的なイメージなので泣くことを筆頭に、感情を表に出すのを否定しそうなイメージがあったので。
やっぱりこれも、不仲で尊敬できない両親の間で育ててもらえなかった少年に対して道を示すためのものなんだろうとは思う。


ただ、ものすごく読みにくかった。
文章は平易で簡潔なんだけど、会話とかに飛躍が多くて、意図がうまくつかめなかった。
おしゃれな洋画の台詞みたいな感じで、でも映像はないし地の文も行動は書かれるけど最低限だし、心情はほとんど書かれないので、ちょっと何を言いたいのか分からずに読むのに詰まってしまった。
ほとんど台詞で物語が進行していくのに、意図をつかめない台詞(ただの軽口かもしれないけど、そうとすら分からなかった)が多かったのがつらかった。
地の文でも主人公にとって自明なことはあえて説明されなかったりするので、読みにくかったです。たとえば車を車種で書いてあっても車なのかもわからないとか、名前が出てくるのは関係者か有名人か誰だろうみたいなことがちょくちょくあった。
洒落たかっこいい文章を目指してこうしているんだろうとは推測できるけど、読みにくさの方を冒頭から強く感じてしまってダメでした。

本編だけじゃなくて、解説もそんな感じで読みにくかったです。
ハードボイルド史の中でのスペンサーシリーズの立ち位置について書いていたんだろうとは思うんですけど、ハードボイルド小説の歴史の概要をこちらは全然知らないので、ほとんど何言っているか分からなかった。
前提を共有していない人に伝える気がないのかな、と思ってしまって、心に壁ができて猶更理解できないみたいな感じ。

一方で、帯もひどかったです。
「早川書房女子社員のオススメ本」ってなってて、「こんなイイ男、ほかにはいない 理想の男スペンサー」ってでかでかと書かれていた帯。
たぶん私この帯の文言だけ見ていたら絶対に読まなかっただろうなって思う。
だって「卓抜した恋愛小説」とか特に求めていないですし。
きっと、有名な作品だから、届くべき層にはほとんど読まれていて、違う層の読者に向けて書かれた惹句だと思うんですけど、どちらの層でもない私はドン引きした。


作中のこまごまとしたことなんだけど、謎料理が気になりました。
特に中華料理屋のシーン。
北京ラヴィオリは餃子のようなものかと思うんだけど、ムーシューポークってなんだろう。
と思ってぐぐったらこの本の話題が出てきて、やっぱりみんな気になるんですね。もとは中華料理で、アメリカナイズされたものらしい?
中盤くらいでスペンサーが作っていた料理も、材料の組み合わせが不思議だけど、なぜかおいしそうに感じた。缶詰のパイナップルは肉料理に使う意味ないと思うんだけど。

そういう風に料理の描写が多かったり、あと服装がブランドや色や模様まですごく詳細に描写されていたりするのは、車を車種で記すのと同じように、そのことで一人称の視点人物であるスペンサーが何に興味があるどういう人物かを示そうとしているんだろう。
台詞と、動作に関する短い文と、そういう目線でキャラクターを描写するという手法はなるほどと思いました。
やっぱりちょっと映画っぽい。

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『私が殺した少女』

私立探偵沢崎のシリーズ2作目。
前作に引き続き、おもしろかったです。

あらすじ。
沢崎は一本の電話で呼び出され、少女誘拐事件の身代金受渡し役を引き受けることとなった。ところがアクシデントが起こり、犯人に渡す前に身代金の入ったスーツケースがなくなってしまう。

誘拐ものなので犯人の指示に従って動き回ったり、捜査シーンでも尾行をしたりと動きが多かったのもあって、1作目よりもさくさくと読み進められたし、おもしろくてあっという間に読み終わった。


タイトルから分かるとおり、少女が死ぬので、前作より事件の痛ましさが強かった。死体の損傷の描写もけっこう詳しかったし。それが必要なのは分かる。
とはいえ、死因も含めてどうしてもやるせなさがある。


タイトルの「私」は誰なんだろう。
読んでる間は沢崎だと思ってた(沢崎の一人称の小説だし)けど、真相を読んでからは犯人という可能性もあるかもと思った。
というか、「私」は複数いるのかもしれないと思った、という方が正しいのかも。
この物語に出てるあらゆる人が「私が殺した」と思っているみたいな。


捜査シーンを沢崎の行動を追って読んでいくのは楽しかったし、怪しそうな人をいろいろ調べてみても最後まで犯人の手がかりが掴めないのも、わくわくしたんだけど、最終的に沢崎がいつ何をきっかけに真犯人にたどり着いたのかがいまいち分からなかった。
真相そのものは意外で驚いたのだけど、意外だからこそ、その発想はどこから出てきたのか知りたくてやきもきしてしまう。
1作目も肝心なところで沢崎の推理の根拠が分からなくてもやもやしたから、なんかそういうシリーズなのかもしれない。
せっかく事件も捜査も真相もおもしろいのに、探偵の行動と思考を一人称で書いているのに、どうしてその推理にいたったかの手がかりがつかめないのが残念。
それを差し引いても、かなりおもしろい小説だったから、尚更残念だと思ってしまう。
もっとも、探偵の行動と思考を一人称で書いているからこそ、早い段階で気づかせてしまうと謎を解くわくわく感がなくなるっていうことなのかなとも思いますが。
違うタイプのミステリだとワトソン役の導入という発明でどうにかなっているけど、こういう作品は一人称だと隠すしかないからこうなるのかなと。


沢崎が中学生男子と行動していた取り合わせが微笑ましかった。
私はまだ中学生の感覚の方に近いので、中学3年生の描写にしては幼いように感じたんだけど、沢崎の目を通したらあのくらいが妥当なのかもと思いました。
たぶんそれなりに大人びた中3だとしても、40歳くらいで、酸いも甘いも苦いのもいろいろな経験を経てきた皮肉屋の沢崎には、実際以上に幼く見えているのかもしれない。

あと、沢崎の目を通した描写としては、目白署の面々と比較して、錦織ならもっとうまくやっただろうみたいなニュアンスの文章が時折あるのがちょっとおかしかった。
本当にこいつらは、信頼してないのに信用してるみたいな、本当に屈折している。良い。

橋爪も、沢崎のことを信用してる感じのあれが良かったです。
しかし橋爪はこの物語の上でどういう意味があったんだろう。事件にはぶっちゃけ関係ないじゃないですか。
沢崎のメンタルに影響を、たぶん多少は与えてるのだと思うのですが。

沢崎はタフな男だけど、本当に完全に完璧にそうなのではなくて、あくまでもタフであろうとしている人なんだと思います。うん、1作目の巻末のあれみたいだけど。そうでないといけないのではないかという問いかけを自分に対して持っているような。
メンタルが頑強なら、事務所の名前だって変えてるんじゃないかとも思う。
だから今回、自分の役割を果たせなかったことに自責の念を抱いて若干ぼろぼろになっているところがよかった。
そこに橋爪がああなって、らしくなく依頼を押しつけてくるから、余計にダメージを負って。
でも、そういう風に傷ついているところが、人間らしくて良いなあと思うんです。


あとラストの方の一瞬の邂逅!
テンション上がりました。
風景がスローモーションになって、走馬灯のように記憶がめぐるところが鮮やかで、読んでいて追体験したような感じになった。ドラマみたい。
その後の、話したいけど話せないという文章とか、最後にいつもと違う行動をしてみたりとか、その辺まで含めて心情を想像するととても熱い。
あれに心を動かされた程度には、かなりこの作品の登場人物たちに思い入れ強くなってるんだなと思った。


この物語中の時代は1980年代なので当然まだ携帯電話がないし、それはそういうものだと思うだけなんだけど。
捜査中にあるシーンで、テレフォンカード式の公衆電話が新しいものとして描かれていたのに衝撃を受けました。
携帯電話がなければ公衆電話を使うのは、私が子供の頃もそうだったし、コイン式の方が古くからあったのだろうという想像はできるけど、テレフォンカードが新しいものと認識されていた時代は想像の範囲外にあったというか。
なんというか、ジェネレーションギャップでした。
テレカが出てきたのがいつ頃かもよく知らなかったし。
ということはもしかして、作中に出てくる公衆電話機は緑色じゃないのかしら。


今回の巻末掌編は、沢崎が原尞を調査するという体の話だったんだけど、こういうの好きです。物語の外部が物語の中に組み込まれて、現実と物語が曖昧になる感じ。

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『そして夜は甦る』

初めの方は状況がよく分からなくて読み進めるのに時間がかかったのですが、半分を過ぎた辺りからは一気に読んだ。

あらすじ。
私立探偵沢崎の事務所へ海部と名乗る男が訪れ、ルポライターの佐伯が来たか知りたがった。同日、弁護士からも電話があり、ルポライターの佐伯について問い合わせられる。沢崎は行方不明の佐伯を調査することになったが、事件は東京都知事選で起こった狙撃事件と関連していく。


ハードボイルドってなんとなく、敵味方含めて大量の死体の山を乗り越えて進み続ける探偵、みたいなイメージがあったんです。
あんまりハードボイルド読まないからこそ、読んだことある数少ない例をイメージとして持っちゃったんだろうと思いますが。ブラディドールとかね。
この話では人がそんなには死なないし、死んだ人もほとんど犯罪者なので、読んでてつらくなることがなかったからよかった。
人死にが少ないだけでなく、暴力とか女とかの方面でもつらくなるような描写がなかったのですごく読みやすかったです。
暴力というかアクション的な立ち回りはあるものの綺麗なものだったし、女については沢崎はあえて避けているような雰囲気があった。

だからこそ、素直に思う。沢崎、めちゃくちゃかっこいいですね!
皮肉の利いた台詞もいちいちかっこいいし、その背後にあるだろう彼の生き方というかこだわりみたいなものにも深みがあって痺れる。
本編中でもそうなんだけど、巻末にある「マーロウという男」という掌編がもう、沢崎のかっこよさの粋を集めたようなものでした。本編にも出てくるルポライターの佐伯と沢崎の会話という体で、フィリップ・マーロウについて語っている作品なのですが、その中での「男はタフでなければ生きていられない、やさしくなれなければ生きる資格がない」という台詞に関する沢崎の言葉が、かっこいいし考えさせられる。
チャンドラーは読んでいないのでそれが妥当なのかは私には分からないのですが。


そしてラストシーンの余韻がとても良かったです。
ラストシーンというより、34節~36節のそれぞれの終わり方が好き。洒落た一文に、せつなさと明るさとが含まれている。それぞれ別の方向性で感慨深いのだけれども、それが3連続でどんどんどんと畳みかけてきて、もうかっこいいとしか言えない。
真実は告げられるべきだ、私はそう思うんだけど、それを信じていない沢崎がかっこよすぎて。やるせないと思う一方で、告げられることがなくても、たった一人でも知っていれば、そしてそれが彼なら、救いがあるのではないかと思えた。


警察との距離感もおもしろかった。
こういうジャンルの小説だと、警察とは対立しているのかなと思いきや、かなり協力し合って事件の捜査に当たっていた。でも、中心となっている錦織警部は沢崎を盲信しているわけでも好感を抱いているわけでもない。能力は認めているものの、嫌っている。
そもそも錦織警部は沢崎の元パートナーである渡辺が警察にいた頃の部下で、渡辺が過去に1億円と覚醒剤を奪って逃げたときに、沢崎を共犯者と疑い取り調べをした警官だった。
この過去の事件の因縁と、今でも時折紙飛行機で便りを送ってくる渡辺に対する沢崎の心情がすごく良かったです。
あまり、沢崎自身の内面は深く語られることはなかったので、渡辺に対する述懐ではそれが垣間見えるからなおさら沁みたというか。


おおむね満足なんだけど、記憶喪失の男と都知事狙撃事件とを結びつけるところの根拠が少し薄い気がして、そこだけはちょっと引っかかっていた。
ハードボイルドだから、論理にそこまで重きを置いていないからほかの怪しげな事件を検証していなくても仕方がないのかもしれない、とも思うんだけれども。
結果的に正しかっただけで、ほかの事件が俎上に載ってもいないのはなんとなく気持ち悪い。
というよりもむしろ、最後の方で怪文書事件や狙撃事件の真犯人を推理するところなんかでは、かなり論理がしっかりしていたような気がしたので、捜査上で大きな転換点になるだろうその選択ではあまり論証がなされていないのが引っかかったのかもしれない。


興味深かったのは、この年に起こった事件やスポーツの話題がたぶんそのまま書かれていること。とはいえ、この作中の年代(1985年?)に私は生まれていないので、たぶん本当にあったんだろうと推測しているくらいなんだけれども。
だから、どこまでが現実にあった事件で、どこからがフィクションとして作られた事件なのか判別つかなくなって不思議な感じでした。

そしてこの物語のキーパーソンである東京都知事兄弟。
兄の都知事は作家としても活躍していて、弟は俳優で実業家でヨット乗りで――という設定なんですけど、これはあの兄弟をモデルにしているんですよね。たぶん。
そう思って調べてみたら、この小説が書かれた当時はまだ実在する方の人は都知事になっていなかったらしくてびっくりした。まあ、だからこそこの話をかけたのかもしれませんが。

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