初めの方は状況がよく分からなくて読み進めるのに時間がかかったのですが、半分を過ぎた辺りからは一気に読んだ。
あらすじ。
私立探偵沢崎の事務所へ海部と名乗る男が訪れ、ルポライターの佐伯が来たか知りたがった。同日、弁護士からも電話があり、ルポライターの佐伯について問い合わせられる。沢崎は行方不明の佐伯を調査することになったが、事件は東京都知事選で起こった狙撃事件と関連していく。
ハードボイルドってなんとなく、敵味方含めて大量の死体の山を乗り越えて進み続ける探偵、みたいなイメージがあったんです。
あんまりハードボイルド読まないからこそ、読んだことある数少ない例をイメージとして持っちゃったんだろうと思いますが。ブラディドールとかね。
この話では人がそんなには死なないし、死んだ人もほとんど犯罪者なので、読んでてつらくなることがなかったからよかった。
人死にが少ないだけでなく、暴力とか女とかの方面でもつらくなるような描写がなかったのですごく読みやすかったです。
暴力というかアクション的な立ち回りはあるものの綺麗なものだったし、女については沢崎はあえて避けているような雰囲気があった。
だからこそ、素直に思う。沢崎、めちゃくちゃかっこいいですね!
皮肉の利いた台詞もいちいちかっこいいし、その背後にあるだろう彼の生き方というかこだわりみたいなものにも深みがあって痺れる。
本編中でもそうなんだけど、巻末にある「マーロウという男」という掌編がもう、沢崎のかっこよさの粋を集めたようなものでした。本編にも出てくるルポライターの佐伯と沢崎の会話という体で、フィリップ・マーロウについて語っている作品なのですが、その中での「男はタフでなければ生きていられない、やさしくなれなければ生きる資格がない」という台詞に関する沢崎の言葉が、かっこいいし考えさせられる。
チャンドラーは読んでいないのでそれが妥当なのかは私には分からないのですが。
そしてラストシーンの余韻がとても良かったです。
ラストシーンというより、34節~36節のそれぞれの終わり方が好き。洒落た一文に、せつなさと明るさとが含まれている。それぞれ別の方向性で感慨深いのだけれども、それが3連続でどんどんどんと畳みかけてきて、もうかっこいいとしか言えない。
真実は告げられるべきだ、私はそう思うんだけど、それを信じていない沢崎がかっこよすぎて。やるせないと思う一方で、告げられることがなくても、たった一人でも知っていれば、そしてそれが彼なら、救いがあるのではないかと思えた。
警察との距離感もおもしろかった。
こういうジャンルの小説だと、警察とは対立しているのかなと思いきや、かなり協力し合って事件の捜査に当たっていた。でも、中心となっている錦織警部は沢崎を盲信しているわけでも好感を抱いているわけでもない。能力は認めているものの、嫌っている。
そもそも錦織警部は沢崎の元パートナーである渡辺が警察にいた頃の部下で、渡辺が過去に1億円と覚醒剤を奪って逃げたときに、沢崎を共犯者と疑い取り調べをした警官だった。
この過去の事件の因縁と、今でも時折紙飛行機で便りを送ってくる渡辺に対する沢崎の心情がすごく良かったです。
あまり、沢崎自身の内面は深く語られることはなかったので、渡辺に対する述懐ではそれが垣間見えるからなおさら沁みたというか。
おおむね満足なんだけど、記憶喪失の男と都知事狙撃事件とを結びつけるところの根拠が少し薄い気がして、そこだけはちょっと引っかかっていた。
ハードボイルドだから、論理にそこまで重きを置いていないからほかの怪しげな事件を検証していなくても仕方がないのかもしれない、とも思うんだけれども。
結果的に正しかっただけで、ほかの事件が俎上に載ってもいないのはなんとなく気持ち悪い。
というよりもむしろ、最後の方で怪文書事件や狙撃事件の真犯人を推理するところなんかでは、かなり論理がしっかりしていたような気がしたので、捜査上で大きな転換点になるだろうその選択ではあまり論証がなされていないのが引っかかったのかもしれない。
興味深かったのは、この年に起こった事件やスポーツの話題がたぶんそのまま書かれていること。とはいえ、この作中の年代(1985年?)に私は生まれていないので、たぶん本当にあったんだろうと推測しているくらいなんだけれども。
だから、どこまでが現実にあった事件で、どこからがフィクションとして作られた事件なのか判別つかなくなって不思議な感じでした。
そしてこの物語のキーパーソンである東京都知事兄弟。
兄の都知事は作家としても活躍していて、弟は俳優で実業家でヨット乗りで――という設定なんですけど、これはあの兄弟をモデルにしているんですよね。たぶん。
そう思って調べてみたら、この小説が書かれた当時はまだ実在する方の人は都知事になっていなかったらしくてびっくりした。まあ、だからこそこの話をかけたのかもしれませんが。
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