私立探偵沢崎シリーズ、三部作の三作目。
読み終わって溜息を吐いた。
なんというか、感無量です。すごく良い小説だった。
あと短編集一つと長編一つで、今出版されているものの全部だというのが物足りない。まだ読んでいないけど、ずっとこのシリーズを読んでいたい。
早く新刊出してほしいです。
一方で、作中の年代が少しずつ進んでいて今作は1993年になっていて、それより未来のことを考えて少し切なくなった。
現代の東京には沢崎のこだわりや仕事の手法は馴染まないんじゃないかと思ってしまって、時代に取り残された老人を想像してしまって、悲しくなる。勝手な想像なので、たぶんもっとタフな人だと思うんだけれども、過去に閉じ込めておきたいみたいな気分。
さて、あらすじ。
400日ぶりに東京に帰ってきた私立探偵沢崎を待っていたのは、浮浪者の男だった。男の導きで、沢崎は元高校野球選手の魚住からの調査を請け負う。11年前、魚住に八百長試合の誘いがあったのが発端で、彼の義姉が自殺した真相を突き止めてほしいというのだ。調査を開始した沢崎は、やがて八百長事件の背後にある驚愕の事実に突き当たる…(文庫裏表紙から引用)
浮浪者に言付けて名前だけを残していた依頼人の正体を探りだすところから始まって、依頼を受けたのが全体のページの三分の一くらいだったんですけど、そこまでの紆余曲折が楽しかったです。
沢崎と浮浪者の交流も良かった。浮浪者をきちんと一人の人として扱っている感じや、彼らが何を嫌がるのかという描写がリアルに感じた。
そしてその浮浪者の桝田と別れる時の文章がめちゃくちゃかっこいい!!
ハードボイルドで確か「さよなら」という言葉に関してかっこいい台詞が何かあった気がするのですが、その本歌取りみたいなものなのかもと思うんだけれど、とにかくかっこよかった。
引用します
「私は”さよなら”という言葉をうまく言えたためしなど一度もないのだった。そんなことを適切なときに言える人間とはどういう人間のことだろう。」
……めちゃくちゃかっこよくないですか!?
そして、このときに「一度もない」と言い切るということは、この場面に先立ってあったはずの別れのときにも言えなかったのだろう、と想像して切なくなる。言わないのが彼らしいとも思うけど。
そう、冒頭から引っ張っている謎がもう一つあって、それは沢崎が不在だった400日間はどこで何をしていたかということ。
ヒントは少しずつ書かれていて、最終的に何をしていたかは明かされるわけなんですが。
その期間、彼は何を思っていたんだろう。具体的に日々をどう過ごしていたんだろう。そういったことを読みたい。けど、巻末の掌編にある以上のことは書かれないんだろうなと思います。
巻末掌編はちょっとした叙述でしたね!もう本気で心配して損した。
事件自体もおもしろかったです。
46章の最後の一文が衝撃的だった。
今回の犯人はわりとかなりクズでしたが、周りの人たちはボタンの掛け違えで人生を狂わされた感じの人が多くて、だから主犯の人のクズさが際立つ感じでしたね。
11年も前の自殺と思われた事件の捜査をする難しさが、エンタメとしてちょうどいいハードルになっていて、捜査シーンが読んでいておもしろかったです。
証人が亡くなっていたり、引っ越していて行方が知れなかったり、記憶が曖昧になっていたり。警察の方も自殺と見込んでいるから、通り一遍の捜査しかしていないし。何より遺書があったところで人の気持ちは分からない。という風に書かれていて、そういうものなのかと思った。
で、そういう状況だけれども推論を積み立てて真相にたどり着くのがすごくおもしろかった。
捜査の途中で、「女は~」みたいな表現があったのには辟易した。昭和的な(作中は既に平成だけど)価値観といったらそれまでなんだろうけど、そういうことに女とか男とか関係なくない?って思ったので。
1作目の巻末掌編で「そういう感慨には男も女もないはずだ」と言っていたから、なんとなく沢崎はある意味平等主義的なところがあるのかなと思っていたので、そうじゃなかったのかとがっかりした。
いや、「女は~」と言い出したのはむしろ女性の登場人物だったから、沢崎に対してがっかりしたと言うのはお門違いなんですけどね。
ところで、沢崎の”女”は誰だったんだろう。
この物語には全く出てきてないですよね?そういう存在がいるということは仄めかされていたけれども。
てっきりハスキーボイスの人かと思っていたんだけど、最後のあの書き方は違うなと思って。
三部作の最終巻らしく、これまでの話に出てきた人たちがちらちらと出てきていて楽しかったです。
清瀬琢巳の登場は、”あの人は今”的なシリーズ読者へのサービスもあるのだろうけど、大築百合の設定に対する心理的な伏線だったのかもしれない。似たような事例が前にもあったと示すことで、納得しやすくなるみたいな。
草薙という議員とか、ほかにも過去の事件がやたら思わせぶりに書かれていたものは短編集に載っている事件なのかしら。
このまま次は短編集を読むつもりなので、確かめようと思います。
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