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2025/03/16 (Sun)

『バベルノトウ 名探偵三途川理VS赤毛そして天使』

はー。
めちゃくちゃおもしろかったです。

森川さんの作品はいつもファンタジー的な状況を設定して、そのうえで探偵がどう思考し行動するかを描いていてとてもおもしろいんですけど。
今回はタイトル通り言語が通じなくなるお話でした。

あらすじ(Amazonより引用)
地上に舞い降りて楽しく遊び過ぎてしまった三人の天使達。天界に帰る力が溜まるまで身を隠すべく、彼女達が人間にもたらしたのは「言語混乱」という災厄だった…! この世で誰も使っていない言語しか、話すことも理解することもできなくなった青年実業家・椿を助けるために呼ばれたのは、輝く瞳に赤毛の高校生探偵・緋山燃と、彼をライバル視する極悪探偵・三途川理で……!?


いわゆるミステリ的な殺人事件は起きるので、捜査もあるし推理もあるけど、それ以上に言葉が全部あるいは一部通じない状況でどうやって意図を伝えるかというところが肝になってきます。
作中で緋山がサピアウォーフめいたことを語りだしたりもする。
そして私はそういった辺りの話がとても好きなので、この話をとても楽しく感じたのだと思います。言語学の難しいことは分からないけど、だからこそその辺りを素朴な言葉で語っているのが私には良かったんだろうな。

未知の言語を解明しようとする試行錯誤がひたすらにおもしろかったし、そのためにとっている行動や台詞が読んでいて楽しかったです。
「何?」と尋ねて単語帳を作ったり、既知の単語と合わせて穴埋めで理解しようとする試み。徐々に適応していく探偵たちには、事件の推理みたいなものとは違うけれども論理で未知のことを解き明かそうとする姿勢を感じました。
そういうの好きなんです。
けれども言語による思考には限界がある。
ならば感情は言葉に規定されるのか。感情があるから言葉があるのか。言葉があるから感情が生まれるのか。
そういうことを考えていると、「はじめに言葉があった」宗教で記述される事件としてバベルの崩壊は似つかわしいなとか思う。物語とは全く関係ないですが。

三途川は人間離れしているから、三途川語があってもなんら不思議はないけれども、誰しも自分の言語を持っているのだとも、私は思うのです。


あと今回の語り手の天使がかわいい。天使だから性別は分からないけど、おきゃんな感じでかわいいです。天使といってイメージするものよりもっと俗っぽいし享楽的だしちょっとアホっぽいんだけどかわいい。
まず自己紹介の言葉がめちゃめちゃかわいくないですか。
「よくわかんなきゃ、異星人って思っとけ!」

この天使たちは自分たちのことがばれないように人間の言語を混乱させるし(一時的なものだけど)、暇つぶしのために人生ゲームや漫画を盗んでくるし、人間の目には見えないのをいいことにいろいろするけど、天使だからか悪意がないので読んでいて気持ちがいいです。
無邪気に悪いことをするのもどうなのって気もするけど、たぶん人間の善悪とか超越した存在ですし。

三途川は邪気に満ち溢れていて悪を悪とわかって悪をやるので、読んでて疲れてしまうことがときどきあるんですよね……。
これから悪いことが起きるに違いない、と思いながらページをめくり続けるのって少ししんどいので。
たとえ最後にはいつも三途川自身も身から出た錆的に滅ぼされることになるとしても。中盤では主に語り手や周りの人たちが三途川の悪知恵に悩まされるのが、わりと三途川もののパターンなので。

だから今回も、ユーちゃんやその友達がいつ姿が見つかるのか、〈言語混乱〉を悪用されるんじゃないかとハラハラしてました……。
魔法の鏡とか思い出泥棒とかがそんな感じだったので。
なので、三途川の悪意が向く方向が違っていたのでちょっと拍子抜けしました。
悪意が判明したときにはある意味解決してましたし。
そんなわけで今回は邪悪度が低い気がしたのですが、途中から言語が通じなくなったことが大きいのかな。

三途川に関しては、序盤の椿の言語を解明しようとする試みが、彼の奇行と頭の良さを端的に表していて良かったです。
いや、椅子は歩かないだろ。

語り手は天使のユーちゃんなわけなのですが、三途川も〈言語混乱〉を使われたこともあって今回は緋山君が喋るシーンがけっこうありましたね。今まで何回か出てきているわりに、三途川に比べて(私の中では)印象が薄かったんですけど、彼のいかにも善良そうで真面目な人柄が改めて感じられ、とても良かったです。
「おれたちは本当に同じ言語を使っているんでしょうか」みたいなことを考えるあたりは青くて、探偵であっても高校生なんだなって思った。
高校生の頃とかって、そういうこと考えませんでした?私はわりと今でもなんだけど……。

それはともかく。
「チキンはチキン」とか「リョラレール」のところのやりとりとか、三途川とのかけあいが読んでて楽しくて、ああ二次創作する人とかはこういうところに惹かれるのかしらと思った。


この作品には「この世で誰も使っていない言語」が二種類出てくるんだけど、これどうやって作ったんだろう……。作中で解読していくので、読み取れるようになっているのではないかと思うんだけど、どうなのかしら。名詞動詞レベルでは日本語との対応関係が明かされているけれども、文法や活用や助詞副詞接続語とかまで設定しているのかな。だったら本当にすごいと思います。
ほかに天使語もありましたね。
ベルベル、意味が説明されていないけど、なんとなく「やばい」なのかしらと思ってる。

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『さらば、荒野』

そういえば私、北方謙三も初めて読んだんですけど、ハードボイルドもまともに読んだのこれが初めてでした。
どんなジャンルであれ、そのジャンル内の約束事なりジャンルである故の評価基準とかあると思うんですけど、そういうわけで的外れな感想かもしれません。
おもしろかったのかは正直よくわからないです。不快とかつまらなかったとかは全然ないんだけれども。

まず、裏表紙の紹介がめちゃめちゃかっこいい。これ読んでもストーリーは全く分からないけど(笑)
引用します。
 冬は海からやって来る。毎年、静かにそれを見ていたかった。
 だが、友よ。人生を降りた者にも闘わねばならない時がある。
 虚無と一瞬の激情を秘めて、ケンタッキー・バーボンに喉を灼く男。
 折り合いのつかない愛に身をよじる女――。
 夜。霧雨。酒場。本格ハード・ボイルドの幕があく!


ストーリーは、
クラブ『ブラディ・ドール』などを経営する実業家、川中が市長や暴力団や怪しい男たちから付け狙われるようになる。川中の弟は会社の機密を盗んで失踪しており、その機密情報や企業の暗部情報をめぐって様々な陣営が対立、抗争が起こり人が大勢死ぬ。
……みたいな感じ?うまくまとめられない。

読み始めは語り手の川中も、読者も何が起こっているのかが分からなくて、徐々に起きていることの背景や川中の過去が判明していく構造で、そこの引きが良かったです。

でも、人が死にすぎで、読んでいてちょっとだけしんどかった。
物語上重要な意図がある人とか、モブ悪人とかは、なんていうかまだいいんですよ。意味のある死だから。でも人が大勢死ぬとどんどん一人当たりの死の重みがなくなっていくような気がして。この人なんで死んだん?みたいに感じることもあって、しんどかったです。
特に内田と神崎。っていうか神崎。
こんなに死ぬ必要なかったんじゃないかと思った。もっとどうにかならなかったのかとも。


全体的に、ざらっと乾いた雰囲気を感じました。
文章、文体というよりももっと曖昧に雰囲気なんですけど。
たぶん、主人公の感情を殊更に言語化しないようにしているから、そういうものを感じたのかなぁと思う。
悲しいことを「悲しい」とは書かないけれども、たとえば大切な人が死んでしまったところとかでは熱い感情を感じられる。その書き方がかっこいい。
弟が死ぬシーンが好きでした。
台詞もところどころかっこいいものがあって、好きです。

記録媒体がマイクロフィッシュ?で、時代を感じた。携帯電話もないんですねー。
女性の書き方は、時代というよりもジャンルの特性なのかもしれない。
男性キャラはかっこいいし好きなんですけど、女性キャラは微妙でした。
美津子も秘書の圭子も、配役的にはヒロインかもしれないけど、正直なところこの女のどこに惚れたんだみたいな気持ちになった。
うーん美津子については川中との関係がけっこう描写されるからまだ納得できるんですけど、圭子の方は本当につけたしっぽく感じました。最後のシーンね。
圭子に関しては、「私は、ただ彼女を守るだけでなく、そのことで別のなにかを守る気でいるのだ」という川中の言葉はものすごく印象に残っていて好きなんですけど。
解説で、北方さんが「ハードボイルド小説は女々しくていいと思う」と語っていたとありましたけれども、女々しいところもある男性キャラクター以上に女性が女々しくて、なんだかもやっとした。

10年ぐらい前によく見ていた同人サイト(複数)で、このシリーズが扱われていて、人気なんだなと思っていたんだけれども、一巻を読んだぐらいではその人気の理由までは分からなかったです。
とりあえずもう何冊か読んでみようと思う。

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『あとは野となれ大和撫子』

めちゃくちゃおもしろかったです!
今年読んだ中ではトップクラス!!

舞台は中央アジア、干上がったアラル海に建てられた国家アラルスタン。主人公は紛争で両親を亡くした日本人少女ナツキ。彼女は後宮に身を寄せるが、大統領によって居場所のない有能な少女たちの高等教育機関となっていた。
ある日大統領が暗殺され、議員は逃亡、イスラム過激派の侵攻が迫る中、後宮の少女たちは「国家をやってみる」ことにした。

……というのがあらすじ、というよりも設定ですね。
物語はそこから始まって、イスラム過激派との戦いだとか、周辺国との外交だとか、後宮の「お局」との対立だとか、裏切りとかテロとか、演劇の練習や少女たちの友情と葛藤などなど、さまざまな要素があります。
めちゃくちゃおもしろいです。何度でも言う。

まず、雰囲気が異国情緒たっぷりで、そこに住んでいる人たちの暮らしをそのまま見ているみたいな感じ。現地で生まれ育った人たちの視点で描かれるので、私がそこにいるような、と感じるには距離があるけれども。だからこそ生活感があって良かったです。
アラルスタンって実際にあるんだっけ?って思わず地図を見てしまった。
そういう雰囲気の巧さは、『王とサーカス』とか『叫びと祈り』みたいな感じです。
冒頭で、砂漠は海でラクダは船に喩える歌を吟遊詩人が吟じていたから、想起したのかもしれないですが。
料理もおいしそうでした。
中央アジア料理って日本で食べられるところあるのかしら。でも私羊苦手なんだよな。
そういえばアラルスタンってアミルスタンと字面似てますね。

戦闘もあるしテロリストとも対峙するし、そもそも大国に挟まれた小国家が独立を維持しようとする政治の話なので、実際はかなり深刻なのだけれども、かなりライトに読めました。
筆致が軽いし、何といっても女の子たちが主役だからね。そして彼女たちはつらいときこそ笑おうとする。
もちろん読んでいて楽だったのには、ナツキの人柄もあると思う。無条件に人を信じ愛する無邪気さと危うさ。欠けたものはあるけれども、彼女に周りの人はきっと愛されることに救われていたのだと思います。
それでも読んでいる最中はやっぱりときどきハラハラするし、大人たちの無理解は悲しいし、人が死ぬときはしんどくなったけれども。
でも結局名前のある人は誰も死んでなかったですねよかった!
中盤は本当にこの先どうなるか気になってどんどん読み進められました。
なんだかんだでこれから良くなっていくことを感じさせるような終わり方でよかった!
現実的ではないのかもしれないけれども、物語でくらい良い未来を思い描きたいです。
それにしても死んだと思っていた人が生きていたことにはびっくりしたよ。ちょっと都合が良すぎない?いや死んだと思わせておいてあそこで助けに来るナジャフめちゃくちゃかっこいいんですけど。好き。

ラストは本当に素敵で、アラルスタンという国の行方も希望が見えるし、アイシャやナツキやほかの少女たちの成長も見られて良かったのですが、一番ふふってなったのはママチャリさん(仮名)です。わずか一年で形にしたんだね、愛ってすごいね。
途中途中にはさまれていたブログ部分が、緊張感を和らげてくれたと同時に外部の目から見るとどう見えるかを示していて良い演出だったなと思います。

アイシャが独裁者となる未来も、物語の展開的にはおもしろそうだけれども、ナツキとジャミラがいたら止められるだろうと信じている。
劇中で特に触れられてないけど、一応イスラム国家で女性が大統領になるのすごいですよね、たぶん……。

イスラム教国だからという意味では女性として不当に扱われるシーンはなかったけれども、一般に日本でも言われるような「女だから」とか、側室だから子供だからと無理解な大人たちに蔑まれるシーンは、私も女のはしくれなので読んでいて悲しくなった。
そういうところが、なんとなく昔読んでいた彩雲国とか図書館戦争とか思い出しました。
一方でイスラム過激派のナジャフは少女だからと見くびらないで、ナツキやアイシャやジャミラの手腕を正当に評価して接していたのが良かった。

ナジャフは本当にもうかっこよかったです。
信念を持って行動しているところが。
プロポーズ、その後結局どうなったのかしら……。
あれでも後宮にいると結婚できないのかしら、大統領からは側室扱いされていなかったとはいえ。
ところで彼はいつナツキがあのときの女の子だとわかったのでしょう……。

あと、メインで出てくる人たちが基本的にみんな頭がいい人ばっかりだったのでストレスがあまりなかったです。
というか真っ先に逃げていった議会の連中しかり、無能な人は敵対する存在として性格づけられていたので。
味方に無能な馬鹿がいて足引っ張られるのって、読んでて苛々しません?

宮内さんの作品は今回初めて読んだんですけど、SF作家ということで、アラル海の緑化とか水を集める塔とか地球工学とかの話はそれっぽかった感じがしました。
ほかの作品も読んでみたい。

「子供たちは狼のように吠える」といい、最近ロシア周辺の国と地域(ざっくり)の小説に面白いものが多いので、その辺が舞台になっているおもしろい小説がほかにもあったら読んでみたいです。
これを読んでくださっている方でおすすめの作品があれば、ぜひ教えてください。

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『緋色の玉座』

6世紀東ローマ帝国を舞台に、将軍ベリサリウスと歴史家プロコピオスの出会いと戦いを描いたライトノベル。
歴史上のある時点を舞台に、登場人物もすべて実在した人物という試みが興味深かったのと、東ローマ帝国どころか西洋史は高校生のときに授業でやったレベルの知識しかないけど興味があるので、ここからその世界に触れられたらいいなぁと思って読みました。

でも、正直なところ、あんまり合わなかったです……。
ストーリーというか、起こっていることなり戦いでの戦略なりはおもしろかったんだけど、だったらむしろ参考文献に挙げられてるものを読んだほうが純粋に楽しめるのでは、と感じてしまった。

たぶん時代考証とかはしっかりしてて、出てくる物はちゃんとこの時代にあったものなんだろうと思うんだけど、その一方でこの概念はなかったんじゃないのと思うものがあり、そこが気持ち悪かった。
たとえば、隠密行動をしていて警備に見つかりそうになったときに猫の鳴き真似をするシーンがあったのだけれども、そこで「ベタ」という台詞が出てくるのはなんか東ローマっぽくないじゃん。みたいに思ってしまうんですよ。
魔術を使う人が出てくるのは、実際にはなかったとしても物語の味付けとしておもしろかったと思うんだけど。
なんていうか、雰囲気づくりに関しては気になってしまう。

というか全体的に、登場人物は実在の人物なのにラノベ的なキャラクターが付与されていて、いかにもという感じの掛け合いがあって、そこに違和感がありました。
6世紀の東ローマ帝国といえど生きてる人は現代と変わらず笑ったり泣いたりする、という深遠な意図があるのかもしれないけど。
なんか、キャラクターが軽いし薄いんですよね。あと役割語が多用されるせいか、台詞を喋っている感が強い。
「人を見る目がある」キャラクターが主人公べリスを評して「将来偉大なことをするだろう」と言うシーンがあるんですけど、それは別にその台詞を言うキャラクターの「人を見る目がある」性質の証明になっているのではなく、ただ未来を知ってる著者が主人公の未来を示唆しただけになってしまってる気がした。
うーんある意味時代小説っぽいのかしら。
地の文の視点はそんなに気にならなかったんですけど、ラノベだからかキャラクターを通して見ているのでそのキャラクターの書き方の方に違和感を覚えました。

全体的にそこはかとなく「アルスラーン戦記」っぽさを感じた。とはいえ私はアニメしか見てないのですが。

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『八点鐘』

恥ずかしながら、ルパンものをはじめてまともに読みました。 
敢えて避けていたというよりも、古い小説や翻訳ものに苦手意識があるので、積極的に読む気にならないまま四半世紀近く生きてきてしまった感じです。
今年の目標は「名著を読む」なので、そういう本を潰していきたい。
いや、たぶん小学生のころ、世界の○○な話みたいなアンソロジーとか何かで抄訳を一話ぐらい読んだことがあると思うのですがほとんど記憶に残っておらず……。

そんなわけで、ルパン盗んでないじゃん!ってのにびっくりしました。
すり替えたりはしてるけど、怪盗というよりも探偵の役割でしたね。
あと、この一冊で連作になっている短編集、八つの事件でひとまとまりの物語だったのかというのも意外に感じました。

ただやっぱり、古い文章や翻訳ものは苦手だなという感想が先立ってしまいます。
読んだのが、たまたま手元にあった新潮文庫の堀口大學訳だったからなおさらかもしれません。
言葉の意味はわかるけど、それが含意してることはよく分からないみたいな。「お友達」という呼びかけはmon amiなんだろうな。ポアロがよく言ってるやつ。
そんな風に、訳文からさらに自分語とでもいうものに翻訳しつつ呼んでいました。
そういう意味では自分のレベル的に児童向けで読んでおけばもっと楽しめたかも……という気もします。

でも中盤からは文章にも慣れて、それなりに楽しく読んでました。
推理小説よりもむしろ恋愛小説的なものとして受容していたような気がします。
特に、「斧をもつ貴婦人」辺りから楽しくなってきた。
やっぱり危機が自分に切迫すると見えてくるものってありますよね。
そもそも訳文の言い回しがまわりくどいので、オルタンスとレニーヌの関係が恋愛なのか単なる火遊びなのかを受けとりかねていたのですが、地の文でも言ってたけどここにきて初めて恋愛だったのかとわかった。そこからはそう思って読むととてもにやにやしました。
にやにやしつつ一方では、でもこいつどうせ相手が振り向いたら捨てるんだろうみたいな謂れない厳しい視線で見てハラハラしてました。結局この本ではそんなことなくて安心した。
いや、ルパンって特定の人と添い遂げるようなタイプじゃないだろうって思ってたので。

ミステリとしては、意外と単純素朴というか、物理的証拠もないし、手がかりや推理なんかも今の目からみると論理性に欠ける気がしました。カマをかけただけみたいなことも結構多いし、犯人側ももうちょっと言い逃れられるんじゃないのって気もする。
以前ホームズを改めて読んだときにもそういうことを感じたので、当時のミステリはそういうものだったのかな。
「映画の啓示」なんて、レニーヌが映画を見て映画の役柄が単なる役柄以上で現実にも同じ事件が起こるかもと推測するのですが、ただの思い込みじゃないのって思った。結果的には推理どおりというかある意味では斜め上だったけど、どうにもご都合主義を感じてしまう。
一話目の「塔のてっぺんで」はまだこの作品や文章に慣れていなかったこともあり、何が起こっているのかあまりわからなかった。20年間閉ざされていた屋敷に入ると時計が鳴るという道具立ては雰囲気があって好みなのですが。
「水瓶」のトリックは好きでした。他の短編でも同じトリックのものを読んだことあるのですが、この手のやつは好きです。最近だとむしろこういうの書けなさそう。
「テレーズとジェルメーヌ」や「雪の上の足跡」も、トリックという意味ではよくあるものな気がするけど、それをこの時代に書いたのはすごいのかなぁと思う。
「ジャン=ルイの場合」は大岡裁きっぽい。二人の母親がいる青年の話。あとがきで堀口大學が言っていたように取り立ててトリックはないけど、シチュエーションが喜劇的なので読んでて楽しかった。
「マーキュリー骨董店」タイトルが美しい。オルタンス自身が冒険をするのは、教会の老婆とか十中八九仕込みだろうなと思って読みつつ、彼女はそれでも楽しんだんだろうなと微笑ましい気持ちにもなった。この作品でようやく泥棒っぽいことしてましたね。
止め金の隠し場所を明かさせるのは、なんとなくボヘミアの醜聞を思い出しました。精神的に動揺させて手がかりを引き出すところが。
ラストはときめきました。良いですね。
でもどうせ他の話ではヒロインは変わるんだろうと思うとロマンスに陶酔しきれない。

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