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- 2017/05/17 『さらば、荒野』
- 2017/05/10 『あとは野となれ大和撫子』
- 2017/05/08 『緋色の玉座』
- 2017/05/05 『八点鐘』
- 2017/04/25 『図書館の魔女』
『さらば、荒野』
そういえば私、北方謙三も初めて読んだんですけど、ハードボイルドもまともに読んだのこれが初めてでした。
どんなジャンルであれ、そのジャンル内の約束事なりジャンルである故の評価基準とかあると思うんですけど、そういうわけで的外れな感想かもしれません。
おもしろかったのかは正直よくわからないです。不快とかつまらなかったとかは全然ないんだけれども。
まず、裏表紙の紹介がめちゃめちゃかっこいい。これ読んでもストーリーは全く分からないけど(笑)
引用します。
冬は海からやって来る。毎年、静かにそれを見ていたかった。
だが、友よ。人生を降りた者にも闘わねばならない時がある。
虚無と一瞬の激情を秘めて、ケンタッキー・バーボンに喉を灼く男。
折り合いのつかない愛に身をよじる女――。
夜。霧雨。酒場。本格ハード・ボイルドの幕があく!
ストーリーは、
クラブ『ブラディ・ドール』などを経営する実業家、川中が市長や暴力団や怪しい男たちから付け狙われるようになる。川中の弟は会社の機密を盗んで失踪しており、その機密情報や企業の暗部情報をめぐって様々な陣営が対立、抗争が起こり人が大勢死ぬ。
……みたいな感じ?うまくまとめられない。
読み始めは語り手の川中も、読者も何が起こっているのかが分からなくて、徐々に起きていることの背景や川中の過去が判明していく構造で、そこの引きが良かったです。
でも、人が死にすぎで、読んでいてちょっとだけしんどかった。
物語上重要な意図がある人とか、モブ悪人とかは、なんていうかまだいいんですよ。意味のある死だから。でも人が大勢死ぬとどんどん一人当たりの死の重みがなくなっていくような気がして。この人なんで死んだん?みたいに感じることもあって、しんどかったです。
特に内田と神崎。っていうか神崎。
こんなに死ぬ必要なかったんじゃないかと思った。もっとどうにかならなかったのかとも。
全体的に、ざらっと乾いた雰囲気を感じました。
文章、文体というよりももっと曖昧に雰囲気なんですけど。
たぶん、主人公の感情を殊更に言語化しないようにしているから、そういうものを感じたのかなぁと思う。
悲しいことを「悲しい」とは書かないけれども、たとえば大切な人が死んでしまったところとかでは熱い感情を感じられる。その書き方がかっこいい。
弟が死ぬシーンが好きでした。
台詞もところどころかっこいいものがあって、好きです。
記録媒体がマイクロフィッシュ?で、時代を感じた。携帯電話もないんですねー。
女性の書き方は、時代というよりもジャンルの特性なのかもしれない。
男性キャラはかっこいいし好きなんですけど、女性キャラは微妙でした。
美津子も秘書の圭子も、配役的にはヒロインかもしれないけど、正直なところこの女のどこに惚れたんだみたいな気持ちになった。
うーん美津子については川中との関係がけっこう描写されるからまだ納得できるんですけど、圭子の方は本当につけたしっぽく感じました。最後のシーンね。
圭子に関しては、「私は、ただ彼女を守るだけでなく、そのことで別のなにかを守る気でいるのだ」という川中の言葉はものすごく印象に残っていて好きなんですけど。
解説で、北方さんが「ハードボイルド小説は女々しくていいと思う」と語っていたとありましたけれども、女々しいところもある男性キャラクター以上に女性が女々しくて、なんだかもやっとした。
10年ぐらい前によく見ていた同人サイト(複数)で、このシリーズが扱われていて、人気なんだなと思っていたんだけれども、一巻を読んだぐらいではその人気の理由までは分からなかったです。
とりあえずもう何冊か読んでみようと思う。
どんなジャンルであれ、そのジャンル内の約束事なりジャンルである故の評価基準とかあると思うんですけど、そういうわけで的外れな感想かもしれません。
おもしろかったのかは正直よくわからないです。不快とかつまらなかったとかは全然ないんだけれども。
まず、裏表紙の紹介がめちゃめちゃかっこいい。これ読んでもストーリーは全く分からないけど(笑)
引用します。
冬は海からやって来る。毎年、静かにそれを見ていたかった。
だが、友よ。人生を降りた者にも闘わねばならない時がある。
虚無と一瞬の激情を秘めて、ケンタッキー・バーボンに喉を灼く男。
折り合いのつかない愛に身をよじる女――。
夜。霧雨。酒場。本格ハード・ボイルドの幕があく!
ストーリーは、
クラブ『ブラディ・ドール』などを経営する実業家、川中が市長や暴力団や怪しい男たちから付け狙われるようになる。川中の弟は会社の機密を盗んで失踪しており、その機密情報や企業の暗部情報をめぐって様々な陣営が対立、抗争が起こり人が大勢死ぬ。
……みたいな感じ?うまくまとめられない。
読み始めは語り手の川中も、読者も何が起こっているのかが分からなくて、徐々に起きていることの背景や川中の過去が判明していく構造で、そこの引きが良かったです。
でも、人が死にすぎで、読んでいてちょっとだけしんどかった。
物語上重要な意図がある人とか、モブ悪人とかは、なんていうかまだいいんですよ。意味のある死だから。でも人が大勢死ぬとどんどん一人当たりの死の重みがなくなっていくような気がして。この人なんで死んだん?みたいに感じることもあって、しんどかったです。
特に内田と神崎。っていうか神崎。
こんなに死ぬ必要なかったんじゃないかと思った。もっとどうにかならなかったのかとも。
全体的に、ざらっと乾いた雰囲気を感じました。
文章、文体というよりももっと曖昧に雰囲気なんですけど。
たぶん、主人公の感情を殊更に言語化しないようにしているから、そういうものを感じたのかなぁと思う。
悲しいことを「悲しい」とは書かないけれども、たとえば大切な人が死んでしまったところとかでは熱い感情を感じられる。その書き方がかっこいい。
弟が死ぬシーンが好きでした。
台詞もところどころかっこいいものがあって、好きです。
記録媒体がマイクロフィッシュ?で、時代を感じた。携帯電話もないんですねー。
女性の書き方は、時代というよりもジャンルの特性なのかもしれない。
男性キャラはかっこいいし好きなんですけど、女性キャラは微妙でした。
美津子も秘書の圭子も、配役的にはヒロインかもしれないけど、正直なところこの女のどこに惚れたんだみたいな気持ちになった。
うーん美津子については川中との関係がけっこう描写されるからまだ納得できるんですけど、圭子の方は本当につけたしっぽく感じました。最後のシーンね。
圭子に関しては、「私は、ただ彼女を守るだけでなく、そのことで別のなにかを守る気でいるのだ」という川中の言葉はものすごく印象に残っていて好きなんですけど。
解説で、北方さんが「ハードボイルド小説は女々しくていいと思う」と語っていたとありましたけれども、女々しいところもある男性キャラクター以上に女性が女々しくて、なんだかもやっとした。
10年ぐらい前によく見ていた同人サイト(複数)で、このシリーズが扱われていて、人気なんだなと思っていたんだけれども、一巻を読んだぐらいではその人気の理由までは分からなかったです。
とりあえずもう何冊か読んでみようと思う。
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『あとは野となれ大和撫子』
めちゃくちゃおもしろかったです!
今年読んだ中ではトップクラス!!
舞台は中央アジア、干上がったアラル海に建てられた国家アラルスタン。主人公は紛争で両親を亡くした日本人少女ナツキ。彼女は後宮に身を寄せるが、大統領によって居場所のない有能な少女たちの高等教育機関となっていた。
ある日大統領が暗殺され、議員は逃亡、イスラム過激派の侵攻が迫る中、後宮の少女たちは「国家をやってみる」ことにした。
……というのがあらすじ、というよりも設定ですね。
物語はそこから始まって、イスラム過激派との戦いだとか、周辺国との外交だとか、後宮の「お局」との対立だとか、裏切りとかテロとか、演劇の練習や少女たちの友情と葛藤などなど、さまざまな要素があります。
めちゃくちゃおもしろいです。何度でも言う。
まず、雰囲気が異国情緒たっぷりで、そこに住んでいる人たちの暮らしをそのまま見ているみたいな感じ。現地で生まれ育った人たちの視点で描かれるので、私がそこにいるような、と感じるには距離があるけれども。だからこそ生活感があって良かったです。
アラルスタンって実際にあるんだっけ?って思わず地図を見てしまった。
そういう雰囲気の巧さは、『王とサーカス』とか『叫びと祈り』みたいな感じです。
冒頭で、砂漠は海でラクダは船に喩える歌を吟遊詩人が吟じていたから、想起したのかもしれないですが。
料理もおいしそうでした。
中央アジア料理って日本で食べられるところあるのかしら。でも私羊苦手なんだよな。
そういえばアラルスタンってアミルスタンと字面似てますね。
戦闘もあるしテロリストとも対峙するし、そもそも大国に挟まれた小国家が独立を維持しようとする政治の話なので、実際はかなり深刻なのだけれども、かなりライトに読めました。
筆致が軽いし、何といっても女の子たちが主役だからね。そして彼女たちはつらいときこそ笑おうとする。
もちろん読んでいて楽だったのには、ナツキの人柄もあると思う。無条件に人を信じ愛する無邪気さと危うさ。欠けたものはあるけれども、彼女に周りの人はきっと愛されることに救われていたのだと思います。
それでも読んでいる最中はやっぱりときどきハラハラするし、大人たちの無理解は悲しいし、人が死ぬときはしんどくなったけれども。
でも結局名前のある人は誰も死んでなかったですねよかった!
中盤は本当にこの先どうなるか気になってどんどん読み進められました。
なんだかんだでこれから良くなっていくことを感じさせるような終わり方でよかった!
現実的ではないのかもしれないけれども、物語でくらい良い未来を思い描きたいです。
それにしても死んだと思っていた人が生きていたことにはびっくりしたよ。ちょっと都合が良すぎない?いや死んだと思わせておいてあそこで助けに来るナジャフめちゃくちゃかっこいいんですけど。好き。
ラストは本当に素敵で、アラルスタンという国の行方も希望が見えるし、アイシャやナツキやほかの少女たちの成長も見られて良かったのですが、一番ふふってなったのはママチャリさん(仮名)です。わずか一年で形にしたんだね、愛ってすごいね。
途中途中にはさまれていたブログ部分が、緊張感を和らげてくれたと同時に外部の目から見るとどう見えるかを示していて良い演出だったなと思います。
アイシャが独裁者となる未来も、物語の展開的にはおもしろそうだけれども、ナツキとジャミラがいたら止められるだろうと信じている。
劇中で特に触れられてないけど、一応イスラム国家で女性が大統領になるのすごいですよね、たぶん……。
イスラム教国だからという意味では女性として不当に扱われるシーンはなかったけれども、一般に日本でも言われるような「女だから」とか、側室だから子供だからと無理解な大人たちに蔑まれるシーンは、私も女のはしくれなので読んでいて悲しくなった。
そういうところが、なんとなく昔読んでいた彩雲国とか図書館戦争とか思い出しました。
一方でイスラム過激派のナジャフは少女だからと見くびらないで、ナツキやアイシャやジャミラの手腕を正当に評価して接していたのが良かった。
ナジャフは本当にもうかっこよかったです。
信念を持って行動しているところが。
プロポーズ、その後結局どうなったのかしら……。
あれでも後宮にいると結婚できないのかしら、大統領からは側室扱いされていなかったとはいえ。
ところで彼はいつナツキがあのときの女の子だとわかったのでしょう……。
あと、メインで出てくる人たちが基本的にみんな頭がいい人ばっかりだったのでストレスがあまりなかったです。
というか真っ先に逃げていった議会の連中しかり、無能な人は敵対する存在として性格づけられていたので。
味方に無能な馬鹿がいて足引っ張られるのって、読んでて苛々しません?
宮内さんの作品は今回初めて読んだんですけど、SF作家ということで、アラル海の緑化とか水を集める塔とか地球工学とかの話はそれっぽかった感じがしました。
ほかの作品も読んでみたい。
「子供たちは狼のように吠える」といい、最近ロシア周辺の国と地域(ざっくり)の小説に面白いものが多いので、その辺が舞台になっているおもしろい小説がほかにもあったら読んでみたいです。
これを読んでくださっている方でおすすめの作品があれば、ぜひ教えてください。
今年読んだ中ではトップクラス!!
舞台は中央アジア、干上がったアラル海に建てられた国家アラルスタン。主人公は紛争で両親を亡くした日本人少女ナツキ。彼女は後宮に身を寄せるが、大統領によって居場所のない有能な少女たちの高等教育機関となっていた。
ある日大統領が暗殺され、議員は逃亡、イスラム過激派の侵攻が迫る中、後宮の少女たちは「国家をやってみる」ことにした。
……というのがあらすじ、というよりも設定ですね。
物語はそこから始まって、イスラム過激派との戦いだとか、周辺国との外交だとか、後宮の「お局」との対立だとか、裏切りとかテロとか、演劇の練習や少女たちの友情と葛藤などなど、さまざまな要素があります。
めちゃくちゃおもしろいです。何度でも言う。
まず、雰囲気が異国情緒たっぷりで、そこに住んでいる人たちの暮らしをそのまま見ているみたいな感じ。現地で生まれ育った人たちの視点で描かれるので、私がそこにいるような、と感じるには距離があるけれども。だからこそ生活感があって良かったです。
アラルスタンって実際にあるんだっけ?って思わず地図を見てしまった。
そういう雰囲気の巧さは、『王とサーカス』とか『叫びと祈り』みたいな感じです。
冒頭で、砂漠は海でラクダは船に喩える歌を吟遊詩人が吟じていたから、想起したのかもしれないですが。
料理もおいしそうでした。
中央アジア料理って日本で食べられるところあるのかしら。でも私羊苦手なんだよな。
そういえばアラルスタンってアミルスタンと字面似てますね。
戦闘もあるしテロリストとも対峙するし、そもそも大国に挟まれた小国家が独立を維持しようとする政治の話なので、実際はかなり深刻なのだけれども、かなりライトに読めました。
筆致が軽いし、何といっても女の子たちが主役だからね。そして彼女たちはつらいときこそ笑おうとする。
もちろん読んでいて楽だったのには、ナツキの人柄もあると思う。無条件に人を信じ愛する無邪気さと危うさ。欠けたものはあるけれども、彼女に周りの人はきっと愛されることに救われていたのだと思います。
それでも読んでいる最中はやっぱりときどきハラハラするし、大人たちの無理解は悲しいし、人が死ぬときはしんどくなったけれども。
でも結局名前のある人は誰も死んでなかったですねよかった!
中盤は本当にこの先どうなるか気になってどんどん読み進められました。
なんだかんだでこれから良くなっていくことを感じさせるような終わり方でよかった!
現実的ではないのかもしれないけれども、物語でくらい良い未来を思い描きたいです。
それにしても死んだと思っていた人が生きていたことにはびっくりしたよ。ちょっと都合が良すぎない?いや死んだと思わせておいてあそこで助けに来るナジャフめちゃくちゃかっこいいんですけど。好き。
ラストは本当に素敵で、アラルスタンという国の行方も希望が見えるし、アイシャやナツキやほかの少女たちの成長も見られて良かったのですが、一番ふふってなったのはママチャリさん(仮名)です。わずか一年で形にしたんだね、愛ってすごいね。
途中途中にはさまれていたブログ部分が、緊張感を和らげてくれたと同時に外部の目から見るとどう見えるかを示していて良い演出だったなと思います。
アイシャが独裁者となる未来も、物語の展開的にはおもしろそうだけれども、ナツキとジャミラがいたら止められるだろうと信じている。
劇中で特に触れられてないけど、一応イスラム国家で女性が大統領になるのすごいですよね、たぶん……。
イスラム教国だからという意味では女性として不当に扱われるシーンはなかったけれども、一般に日本でも言われるような「女だから」とか、側室だから子供だからと無理解な大人たちに蔑まれるシーンは、私も女のはしくれなので読んでいて悲しくなった。
そういうところが、なんとなく昔読んでいた彩雲国とか図書館戦争とか思い出しました。
一方でイスラム過激派のナジャフは少女だからと見くびらないで、ナツキやアイシャやジャミラの手腕を正当に評価して接していたのが良かった。
ナジャフは本当にもうかっこよかったです。
信念を持って行動しているところが。
プロポーズ、その後結局どうなったのかしら……。
あれでも後宮にいると結婚できないのかしら、大統領からは側室扱いされていなかったとはいえ。
ところで彼はいつナツキがあのときの女の子だとわかったのでしょう……。
あと、メインで出てくる人たちが基本的にみんな頭がいい人ばっかりだったのでストレスがあまりなかったです。
というか真っ先に逃げていった議会の連中しかり、無能な人は敵対する存在として性格づけられていたので。
味方に無能な馬鹿がいて足引っ張られるのって、読んでて苛々しません?
宮内さんの作品は今回初めて読んだんですけど、SF作家ということで、アラル海の緑化とか水を集める塔とか地球工学とかの話はそれっぽかった感じがしました。
ほかの作品も読んでみたい。
「子供たちは狼のように吠える」といい、最近ロシア周辺の国と地域(ざっくり)の小説に面白いものが多いので、その辺が舞台になっているおもしろい小説がほかにもあったら読んでみたいです。
これを読んでくださっている方でおすすめの作品があれば、ぜひ教えてください。
『緋色の玉座』
6世紀東ローマ帝国を舞台に、将軍ベリサリウスと歴史家プロコピオスの出会いと戦いを描いたライトノベル。
歴史上のある時点を舞台に、登場人物もすべて実在した人物という試みが興味深かったのと、東ローマ帝国どころか西洋史は高校生のときに授業でやったレベルの知識しかないけど興味があるので、ここからその世界に触れられたらいいなぁと思って読みました。
でも、正直なところ、あんまり合わなかったです……。
ストーリーというか、起こっていることなり戦いでの戦略なりはおもしろかったんだけど、だったらむしろ参考文献に挙げられてるものを読んだほうが純粋に楽しめるのでは、と感じてしまった。
たぶん時代考証とかはしっかりしてて、出てくる物はちゃんとこの時代にあったものなんだろうと思うんだけど、その一方でこの概念はなかったんじゃないのと思うものがあり、そこが気持ち悪かった。
たとえば、隠密行動をしていて警備に見つかりそうになったときに猫の鳴き真似をするシーンがあったのだけれども、そこで「ベタ」という台詞が出てくるのはなんか東ローマっぽくないじゃん。みたいに思ってしまうんですよ。
魔術を使う人が出てくるのは、実際にはなかったとしても物語の味付けとしておもしろかったと思うんだけど。
なんていうか、雰囲気づくりに関しては気になってしまう。
というか全体的に、登場人物は実在の人物なのにラノベ的なキャラクターが付与されていて、いかにもという感じの掛け合いがあって、そこに違和感がありました。
6世紀の東ローマ帝国といえど生きてる人は現代と変わらず笑ったり泣いたりする、という深遠な意図があるのかもしれないけど。
なんか、キャラクターが軽いし薄いんですよね。あと役割語が多用されるせいか、台詞を喋っている感が強い。
「人を見る目がある」キャラクターが主人公べリスを評して「将来偉大なことをするだろう」と言うシーンがあるんですけど、それは別にその台詞を言うキャラクターの「人を見る目がある」性質の証明になっているのではなく、ただ未来を知ってる著者が主人公の未来を示唆しただけになってしまってる気がした。
うーんある意味時代小説っぽいのかしら。
地の文の視点はそんなに気にならなかったんですけど、ラノベだからかキャラクターを通して見ているのでそのキャラクターの書き方の方に違和感を覚えました。
全体的にそこはかとなく「アルスラーン戦記」っぽさを感じた。とはいえ私はアニメしか見てないのですが。
歴史上のある時点を舞台に、登場人物もすべて実在した人物という試みが興味深かったのと、東ローマ帝国どころか西洋史は高校生のときに授業でやったレベルの知識しかないけど興味があるので、ここからその世界に触れられたらいいなぁと思って読みました。
でも、正直なところ、あんまり合わなかったです……。
ストーリーというか、起こっていることなり戦いでの戦略なりはおもしろかったんだけど、だったらむしろ参考文献に挙げられてるものを読んだほうが純粋に楽しめるのでは、と感じてしまった。
たぶん時代考証とかはしっかりしてて、出てくる物はちゃんとこの時代にあったものなんだろうと思うんだけど、その一方でこの概念はなかったんじゃないのと思うものがあり、そこが気持ち悪かった。
たとえば、隠密行動をしていて警備に見つかりそうになったときに猫の鳴き真似をするシーンがあったのだけれども、そこで「ベタ」という台詞が出てくるのはなんか東ローマっぽくないじゃん。みたいに思ってしまうんですよ。
魔術を使う人が出てくるのは、実際にはなかったとしても物語の味付けとしておもしろかったと思うんだけど。
なんていうか、雰囲気づくりに関しては気になってしまう。
というか全体的に、登場人物は実在の人物なのにラノベ的なキャラクターが付与されていて、いかにもという感じの掛け合いがあって、そこに違和感がありました。
6世紀の東ローマ帝国といえど生きてる人は現代と変わらず笑ったり泣いたりする、という深遠な意図があるのかもしれないけど。
なんか、キャラクターが軽いし薄いんですよね。あと役割語が多用されるせいか、台詞を喋っている感が強い。
「人を見る目がある」キャラクターが主人公べリスを評して「将来偉大なことをするだろう」と言うシーンがあるんですけど、それは別にその台詞を言うキャラクターの「人を見る目がある」性質の証明になっているのではなく、ただ未来を知ってる著者が主人公の未来を示唆しただけになってしまってる気がした。
うーんある意味時代小説っぽいのかしら。
地の文の視点はそんなに気にならなかったんですけど、ラノベだからかキャラクターを通して見ているのでそのキャラクターの書き方の方に違和感を覚えました。
全体的にそこはかとなく「アルスラーン戦記」っぽさを感じた。とはいえ私はアニメしか見てないのですが。
『八点鐘』
恥ずかしながら、ルパンものをはじめてまともに読みました。
敢えて避けていたというよりも、古い小説や翻訳ものに苦手意識があるので、積極的に読む気にならないまま四半世紀近く生きてきてしまった感じです。
今年の目標は「名著を読む」なので、そういう本を潰していきたい。
いや、たぶん小学生のころ、世界の○○な話みたいなアンソロジーとか何かで抄訳を一話ぐらい読んだことがあると思うのですがほとんど記憶に残っておらず……。
そんなわけで、ルパン盗んでないじゃん!ってのにびっくりしました。
すり替えたりはしてるけど、怪盗というよりも探偵の役割でしたね。
あと、この一冊で連作になっている短編集、八つの事件でひとまとまりの物語だったのかというのも意外に感じました。
ただやっぱり、古い文章や翻訳ものは苦手だなという感想が先立ってしまいます。
読んだのが、たまたま手元にあった新潮文庫の堀口大學訳だったからなおさらかもしれません。
言葉の意味はわかるけど、それが含意してることはよく分からないみたいな。「お友達」という呼びかけはmon amiなんだろうな。ポアロがよく言ってるやつ。
そんな風に、訳文からさらに自分語とでもいうものに翻訳しつつ呼んでいました。
そういう意味では自分のレベル的に児童向けで読んでおけばもっと楽しめたかも……という気もします。
でも中盤からは文章にも慣れて、それなりに楽しく読んでました。
推理小説よりもむしろ恋愛小説的なものとして受容していたような気がします。
特に、「斧をもつ貴婦人」辺りから楽しくなってきた。
やっぱり危機が自分に切迫すると見えてくるものってありますよね。
そもそも訳文の言い回しがまわりくどいので、オルタンスとレニーヌの関係が恋愛なのか単なる火遊びなのかを受けとりかねていたのですが、地の文でも言ってたけどここにきて初めて恋愛だったのかとわかった。そこからはそう思って読むととてもにやにやしました。
にやにやしつつ一方では、でもこいつどうせ相手が振り向いたら捨てるんだろうみたいな謂れない厳しい視線で見てハラハラしてました。結局この本ではそんなことなくて安心した。
いや、ルパンって特定の人と添い遂げるようなタイプじゃないだろうって思ってたので。
ミステリとしては、意外と単純素朴というか、物理的証拠もないし、手がかりや推理なんかも今の目からみると論理性に欠ける気がしました。カマをかけただけみたいなことも結構多いし、犯人側ももうちょっと言い逃れられるんじゃないのって気もする。
以前ホームズを改めて読んだときにもそういうことを感じたので、当時のミステリはそういうものだったのかな。
「映画の啓示」なんて、レニーヌが映画を見て映画の役柄が単なる役柄以上で現実にも同じ事件が起こるかもと推測するのですが、ただの思い込みじゃないのって思った。結果的には推理どおりというかある意味では斜め上だったけど、どうにもご都合主義を感じてしまう。
一話目の「塔のてっぺんで」はまだこの作品や文章に慣れていなかったこともあり、何が起こっているのかあまりわからなかった。20年間閉ざされていた屋敷に入ると時計が鳴るという道具立ては雰囲気があって好みなのですが。
「水瓶」のトリックは好きでした。他の短編でも同じトリックのものを読んだことあるのですが、この手のやつは好きです。最近だとむしろこういうの書けなさそう。
「テレーズとジェルメーヌ」や「雪の上の足跡」も、トリックという意味ではよくあるものな気がするけど、それをこの時代に書いたのはすごいのかなぁと思う。
「ジャン=ルイの場合」は大岡裁きっぽい。二人の母親がいる青年の話。あとがきで堀口大學が言っていたように取り立ててトリックはないけど、シチュエーションが喜劇的なので読んでて楽しかった。
「マーキュリー骨董店」タイトルが美しい。オルタンス自身が冒険をするのは、教会の老婆とか十中八九仕込みだろうなと思って読みつつ、彼女はそれでも楽しんだんだろうなと微笑ましい気持ちにもなった。この作品でようやく泥棒っぽいことしてましたね。
止め金の隠し場所を明かさせるのは、なんとなくボヘミアの醜聞を思い出しました。精神的に動揺させて手がかりを引き出すところが。
ラストはときめきました。良いですね。
でもどうせ他の話ではヒロインは変わるんだろうと思うとロマンスに陶酔しきれない。
敢えて避けていたというよりも、古い小説や翻訳ものに苦手意識があるので、積極的に読む気にならないまま四半世紀近く生きてきてしまった感じです。
今年の目標は「名著を読む」なので、そういう本を潰していきたい。
いや、たぶん小学生のころ、世界の○○な話みたいなアンソロジーとか何かで抄訳を一話ぐらい読んだことがあると思うのですがほとんど記憶に残っておらず……。
そんなわけで、ルパン盗んでないじゃん!ってのにびっくりしました。
すり替えたりはしてるけど、怪盗というよりも探偵の役割でしたね。
あと、この一冊で連作になっている短編集、八つの事件でひとまとまりの物語だったのかというのも意外に感じました。
ただやっぱり、古い文章や翻訳ものは苦手だなという感想が先立ってしまいます。
読んだのが、たまたま手元にあった新潮文庫の堀口大學訳だったからなおさらかもしれません。
言葉の意味はわかるけど、それが含意してることはよく分からないみたいな。「お友達」という呼びかけはmon amiなんだろうな。ポアロがよく言ってるやつ。
そんな風に、訳文からさらに自分語とでもいうものに翻訳しつつ呼んでいました。
そういう意味では自分のレベル的に児童向けで読んでおけばもっと楽しめたかも……という気もします。
でも中盤からは文章にも慣れて、それなりに楽しく読んでました。
推理小説よりもむしろ恋愛小説的なものとして受容していたような気がします。
特に、「斧をもつ貴婦人」辺りから楽しくなってきた。
やっぱり危機が自分に切迫すると見えてくるものってありますよね。
そもそも訳文の言い回しがまわりくどいので、オルタンスとレニーヌの関係が恋愛なのか単なる火遊びなのかを受けとりかねていたのですが、地の文でも言ってたけどここにきて初めて恋愛だったのかとわかった。そこからはそう思って読むととてもにやにやしました。
にやにやしつつ一方では、でもこいつどうせ相手が振り向いたら捨てるんだろうみたいな謂れない厳しい視線で見てハラハラしてました。結局この本ではそんなことなくて安心した。
いや、ルパンって特定の人と添い遂げるようなタイプじゃないだろうって思ってたので。
ミステリとしては、意外と単純素朴というか、物理的証拠もないし、手がかりや推理なんかも今の目からみると論理性に欠ける気がしました。カマをかけただけみたいなことも結構多いし、犯人側ももうちょっと言い逃れられるんじゃないのって気もする。
以前ホームズを改めて読んだときにもそういうことを感じたので、当時のミステリはそういうものだったのかな。
「映画の啓示」なんて、レニーヌが映画を見て映画の役柄が単なる役柄以上で現実にも同じ事件が起こるかもと推測するのですが、ただの思い込みじゃないのって思った。結果的には推理どおりというかある意味では斜め上だったけど、どうにもご都合主義を感じてしまう。
一話目の「塔のてっぺんで」はまだこの作品や文章に慣れていなかったこともあり、何が起こっているのかあまりわからなかった。20年間閉ざされていた屋敷に入ると時計が鳴るという道具立ては雰囲気があって好みなのですが。
「水瓶」のトリックは好きでした。他の短編でも同じトリックのものを読んだことあるのですが、この手のやつは好きです。最近だとむしろこういうの書けなさそう。
「テレーズとジェルメーヌ」や「雪の上の足跡」も、トリックという意味ではよくあるものな気がするけど、それをこの時代に書いたのはすごいのかなぁと思う。
「ジャン=ルイの場合」は大岡裁きっぽい。二人の母親がいる青年の話。あとがきで堀口大學が言っていたように取り立ててトリックはないけど、シチュエーションが喜劇的なので読んでて楽しかった。
「マーキュリー骨董店」タイトルが美しい。オルタンス自身が冒険をするのは、教会の老婆とか十中八九仕込みだろうなと思って読みつつ、彼女はそれでも楽しんだんだろうなと微笑ましい気持ちにもなった。この作品でようやく泥棒っぽいことしてましたね。
止め金の隠し場所を明かさせるのは、なんとなくボヘミアの醜聞を思い出しました。精神的に動揺させて手がかりを引き出すところが。
ラストはときめきました。良いですね。
でもどうせ他の話ではヒロインは変わるんだろうと思うとロマンスに陶酔しきれない。
『図書館の魔女』
おもしろかったし、とても興味深くもあったのだけれども、そう言い切るには長すぎた!
あと、主にこの世界何なのってところにとてももやもやしました。……それについては後述。
こういう物語は確かにほかに類を見ないですね。
ファンタジーと謳っているけれども、剣や魔法や冒険が殊更に強調されるわけではなく。
推論や謎解きめいたことは行われるけれども、それは主眼ではなく。
言語学、地政学、文献学、それからもちろん図書館学に関する確かな知識に基づいて書かれている。ボーイミーツガールであり、権謀術数と陰謀の物語でもあり。
まずは好きなところから。
特に好きなシーンが三つあります。
あ、順番はページ順で特に意味はないです。
一つ目は、第二部で「こんなに嵐がひどくなると知りたらましかば……」という一言の会話から、マツリカが推測をめぐらし、陰謀を暴き出すところ。
9マイルっぽいですし、ここが一番ミステリー的でおもしろかったです。
マツリカのような、ばらばらの知識を繋ぎ合わせてひとつの絵を描くタイプの謎解き(といってもいいのだろうか)はあまり読んだことない気がします。
私は大学で日本史やってたからその手法が歴史学っぽいと思うけど、作者は言語学者だしほかの文系学問もそうなのかもしれない。
この「知りたらましかば」というフレーズから演繹していく推測それ自体は、特に後半言語学の難しそうなことを言い出したあたりからよくわからなくなって読み飛ばし気味だったのですが……。そもそもそういう言語があるかどうか自体が物語中の拵えごとなので自作自演感もあった。
この台詞と話者の恰好や状況から結論を導き出すこと自体がわくわくしました。
二つ目に好きなシーンは、第四部の三国会談。
全体的にこれまでにやってきたことが実を結んでいる感じがして好き。
何が良いって、数字をあげて理論的に正しく説明していても、結局相手国の人々の心の扉をこじ開けたのは、キリンの人柄というか「私が説得します」の一言だったということ。
理に拠りすぎているマツリカの危うさがしばしば言及されていたので、それが後々響くのかなーと思っていたらそうでもなかったわけですが、ともかくここのキリンはマツリカとは好対照で良かったです。
結局人が動くのは感情なんだと私は思うから。
マツリカならそれすら見越して説得役をキリンにしていたのだろうけれども。
それから、突然のトラブルに工夫するマツリカとキリヒトと衛兵たちと、それすらも見破っていたコダーイの慧眼。
「水槌を動かすときは、彼も連れて行かなくてはいけないのかね?」的な台詞にはちょっと笑った。
物語の効果的にもここでコダーイも智将だと示すことで後々につながるんだな、っていうのもわかるけれども、普通に読んでてどきどきして楽しかったです。
さらに見破られてなお、交渉の道具にしてしまうマツリカのはったりも、知恵比べの趣があってよかった。
三つ目は、最後の戦いのあとで言語が通じなくても言葉が通じたところです。
ひたすら熱かった。
言葉とは何か、という話を最初からしていたのが、こういうかたちで示されるのか。
言語ではなく、声でもなく、伝えようとするところに言葉はある。
伝えたいことがあるから、言葉は伝わる。
言葉を弄して長大な物語を書いているけれども、この物語の最も核になるところのひとつがこのシーンだったのではないかと思います。
なんていうか読む前や序盤で想像していたよりもずっとキャラクターを好きになれた小説でした。
テンプレ的ではないけれども、だからこそ一人ひとりに血肉がある感じ。
といいつつ、マツリカだけは過去が見えないけれども。
主役格のマツリカとキリヒト、ハルカゼとキリンはもちろん、ほかのキャラクターも魅力的で、彼らの物語のこれからを知りたいです。
衛兵の人たちも好きで、最初は五人の違いも分からなかったけれども、それぞれの図書館との関わり方の違いから区別が明確になっていった。本が好きな人ばかりではないところもリアルな気がしてよかったです。
イズミルが裁たれていない折本を見つけたシーンは、なんとなくランガナタンの「すべての人にその人の本を」「すべての本にその読者を」という法則を思い出しました。
ところでイラムは最初気のいいそそっかしい小母さんだと思っていたので、あとでアキームが……ってなったときに戸惑いました。登場シーン読み返したら年恰好は特に書いてなかった。なんで思い込んでいたんだろう。
キリヒトの師匠の年齢が謎っぽい話は、特に回収されてないですよね?
続編で明かされるのかしら……。
一方で、あまり好きではないところ。
まず、地の文。
ものの動きや構造についての説明がかなりわかりにくかったです。これは私の理解力の問題もあるかもしれませんが。
水槌の説明も、断面図まであるのに何が何やらよく分からなかった。
アクションシーンも誰が何をしたかはよく分からないけど、キリヒトすごーい、みたいな。
地名とかも冒頭に地図があるわりには、軍略を話しているときに「半島」って言ってたけどそれはどこの半島なの?みたいなことが何度もありました……。
ものの動きとか場所とか構造とか、そういうところは読み飛ばしてしまってもそんなに問題ないかなと思っているのでいいんだけど、これだけ文章量あってこんなにわかりにくいのかとは思った。
そして、地の文の話者がいったいどういう立ち位置なのかってのもとても気になった。
これは完全に私の趣味の問題だと思うんですけど。地の文は何目線かっていうところに興味がある。そこに物語上意味があればとても良いし、ないのならどちらかというとフラットであってほしい。
『図書館の魔女』は語り口が講談っぽいかなとは思いました。一文の長さや句読点の使い方が古典っぽいのと、時折机を叩いて煽る感じ。
ただ、煽りすぎというか……たとえば人形芝居を観たシーンで「キリヒトが見ていれば」みたいな文がやたら多かったのとかが正直うざかったです。それは分かってるから、早く物語を先に進めて!って思った。
語り手が結構でばっているわりには、その視点がどこにあるのか何者かが特に明かされず、というか作者の埒外なのかもしれないけど、私の趣味からは微妙でした。
あとこの作品で一番気持ち悪かったのが、世界観の中途半端さ。
最初、異世界ファンタジーだと思って読み始めたんですよ。でも、第3部の文献学講義を読んで、はぁ!?ってなった。
言語名(ラテイナとかグラエカとか)はまだ現実のものをモデルにして書いて、その言葉によって翻訳しているものと納得できるんですけど。
どうして、プトレマイオスとかアナトリアとかそういう固有名詞が出てくるの。その後も文殊菩薩とかミノタウロスが出てくるし。
そういう固有名詞は、この現実世界にある固有の人やものと結びついていると思うので、それが異世界で出てくるのには違和感がある。……ファンタジー警察的なものに誤解されても嫌だから釈明すると、異世界人がパン食べようがじゃがいも食べようが、似たものを読者の分かりよく「パン」とか「じゃがいも」に訳しているんだと考えるので普通名詞ならよほどでなければ気にしないんだけど。むしろたとえば「ターキッシュディライト」より「プリン」の方が魅力が読者に伝わるのならその方がいいじゃんって思っている。でもメロスが「名無三」って言うのは世界観を壊す気がして嫌だ、みたいな感じです。
閑話休題。
でも「図書館の魔女」の物語は、それらの固有名詞があるからといって現実世界の過去に(あるいは遠い未来に)どこかで起きていたこと、と思うにしては世界観が固有すぎてどうにも納得できない。だってこの世界に「高い塔」なんてないじゃん、って思っちゃう。遠い未来ならありえなくないけど、その場合、21世紀の記録はどういうことになっているのとも思うし。
っていうか、一ノ谷とニザマは作中の移動時間からいっても距離がそんなに離れてないのに文化違いすぎない? アルデシュはまだ山深いからで納得できなくもないが。
ひとつの国の中での歴史や文化の説明は納得できるのだけれど、それらの国々が近い距離で隣り合っていることには作者の見えざる力を感じて。たとえば『十二国記』みたいに最初から完全に人工的に作られた世界ならいいんだけど、世界の中での自然の理と作者の都合が中途半端に混じっていてどうにも気持ち悪かった。
そして、「図書館の魔女」は魔女という名前でありながら魔術を否定しているというところがおもしろさのひとつだと思うんだけど、じゃあ高い塔では階段が一方通行だとか、最初にキリヒトが来た時に名前が書いてあった云々は何だったの。
なんでそれが彼女の中では同居しているんだ……。
あと、主にこの世界何なのってところにとてももやもやしました。……それについては後述。
こういう物語は確かにほかに類を見ないですね。
ファンタジーと謳っているけれども、剣や魔法や冒険が殊更に強調されるわけではなく。
推論や謎解きめいたことは行われるけれども、それは主眼ではなく。
言語学、地政学、文献学、それからもちろん図書館学に関する確かな知識に基づいて書かれている。ボーイミーツガールであり、権謀術数と陰謀の物語でもあり。
まずは好きなところから。
特に好きなシーンが三つあります。
あ、順番はページ順で特に意味はないです。
一つ目は、第二部で「こんなに嵐がひどくなると知りたらましかば……」という一言の会話から、マツリカが推測をめぐらし、陰謀を暴き出すところ。
9マイルっぽいですし、ここが一番ミステリー的でおもしろかったです。
マツリカのような、ばらばらの知識を繋ぎ合わせてひとつの絵を描くタイプの謎解き(といってもいいのだろうか)はあまり読んだことない気がします。
私は大学で日本史やってたからその手法が歴史学っぽいと思うけど、作者は言語学者だしほかの文系学問もそうなのかもしれない。
この「知りたらましかば」というフレーズから演繹していく推測それ自体は、特に後半言語学の難しそうなことを言い出したあたりからよくわからなくなって読み飛ばし気味だったのですが……。そもそもそういう言語があるかどうか自体が物語中の拵えごとなので自作自演感もあった。
この台詞と話者の恰好や状況から結論を導き出すこと自体がわくわくしました。
二つ目に好きなシーンは、第四部の三国会談。
全体的にこれまでにやってきたことが実を結んでいる感じがして好き。
何が良いって、数字をあげて理論的に正しく説明していても、結局相手国の人々の心の扉をこじ開けたのは、キリンの人柄というか「私が説得します」の一言だったということ。
理に拠りすぎているマツリカの危うさがしばしば言及されていたので、それが後々響くのかなーと思っていたらそうでもなかったわけですが、ともかくここのキリンはマツリカとは好対照で良かったです。
結局人が動くのは感情なんだと私は思うから。
マツリカならそれすら見越して説得役をキリンにしていたのだろうけれども。
それから、突然のトラブルに工夫するマツリカとキリヒトと衛兵たちと、それすらも見破っていたコダーイの慧眼。
「水槌を動かすときは、彼も連れて行かなくてはいけないのかね?」的な台詞にはちょっと笑った。
物語の効果的にもここでコダーイも智将だと示すことで後々につながるんだな、っていうのもわかるけれども、普通に読んでてどきどきして楽しかったです。
さらに見破られてなお、交渉の道具にしてしまうマツリカのはったりも、知恵比べの趣があってよかった。
三つ目は、最後の戦いのあとで言語が通じなくても言葉が通じたところです。
ひたすら熱かった。
言葉とは何か、という話を最初からしていたのが、こういうかたちで示されるのか。
言語ではなく、声でもなく、伝えようとするところに言葉はある。
伝えたいことがあるから、言葉は伝わる。
言葉を弄して長大な物語を書いているけれども、この物語の最も核になるところのひとつがこのシーンだったのではないかと思います。
なんていうか読む前や序盤で想像していたよりもずっとキャラクターを好きになれた小説でした。
テンプレ的ではないけれども、だからこそ一人ひとりに血肉がある感じ。
といいつつ、マツリカだけは過去が見えないけれども。
主役格のマツリカとキリヒト、ハルカゼとキリンはもちろん、ほかのキャラクターも魅力的で、彼らの物語のこれからを知りたいです。
衛兵の人たちも好きで、最初は五人の違いも分からなかったけれども、それぞれの図書館との関わり方の違いから区別が明確になっていった。本が好きな人ばかりではないところもリアルな気がしてよかったです。
イズミルが裁たれていない折本を見つけたシーンは、なんとなくランガナタンの「すべての人にその人の本を」「すべての本にその読者を」という法則を思い出しました。
ところでイラムは最初気のいいそそっかしい小母さんだと思っていたので、あとでアキームが……ってなったときに戸惑いました。登場シーン読み返したら年恰好は特に書いてなかった。なんで思い込んでいたんだろう。
キリヒトの師匠の年齢が謎っぽい話は、特に回収されてないですよね?
続編で明かされるのかしら……。
一方で、あまり好きではないところ。
まず、地の文。
ものの動きや構造についての説明がかなりわかりにくかったです。これは私の理解力の問題もあるかもしれませんが。
水槌の説明も、断面図まであるのに何が何やらよく分からなかった。
アクションシーンも誰が何をしたかはよく分からないけど、キリヒトすごーい、みたいな。
地名とかも冒頭に地図があるわりには、軍略を話しているときに「半島」って言ってたけどそれはどこの半島なの?みたいなことが何度もありました……。
ものの動きとか場所とか構造とか、そういうところは読み飛ばしてしまってもそんなに問題ないかなと思っているのでいいんだけど、これだけ文章量あってこんなにわかりにくいのかとは思った。
そして、地の文の話者がいったいどういう立ち位置なのかってのもとても気になった。
これは完全に私の趣味の問題だと思うんですけど。地の文は何目線かっていうところに興味がある。そこに物語上意味があればとても良いし、ないのならどちらかというとフラットであってほしい。
『図書館の魔女』は語り口が講談っぽいかなとは思いました。一文の長さや句読点の使い方が古典っぽいのと、時折机を叩いて煽る感じ。
ただ、煽りすぎというか……たとえば人形芝居を観たシーンで「キリヒトが見ていれば」みたいな文がやたら多かったのとかが正直うざかったです。それは分かってるから、早く物語を先に進めて!って思った。
語り手が結構でばっているわりには、その視点がどこにあるのか何者かが特に明かされず、というか作者の埒外なのかもしれないけど、私の趣味からは微妙でした。
あとこの作品で一番気持ち悪かったのが、世界観の中途半端さ。
最初、異世界ファンタジーだと思って読み始めたんですよ。でも、第3部の文献学講義を読んで、はぁ!?ってなった。
言語名(ラテイナとかグラエカとか)はまだ現実のものをモデルにして書いて、その言葉によって翻訳しているものと納得できるんですけど。
どうして、プトレマイオスとかアナトリアとかそういう固有名詞が出てくるの。その後も文殊菩薩とかミノタウロスが出てくるし。
そういう固有名詞は、この現実世界にある固有の人やものと結びついていると思うので、それが異世界で出てくるのには違和感がある。……ファンタジー警察的なものに誤解されても嫌だから釈明すると、異世界人がパン食べようがじゃがいも食べようが、似たものを読者の分かりよく「パン」とか「じゃがいも」に訳しているんだと考えるので普通名詞ならよほどでなければ気にしないんだけど。むしろたとえば「ターキッシュディライト」より「プリン」の方が魅力が読者に伝わるのならその方がいいじゃんって思っている。でもメロスが「名無三」って言うのは世界観を壊す気がして嫌だ、みたいな感じです。
閑話休題。
でも「図書館の魔女」の物語は、それらの固有名詞があるからといって現実世界の過去に(あるいは遠い未来に)どこかで起きていたこと、と思うにしては世界観が固有すぎてどうにも納得できない。だってこの世界に「高い塔」なんてないじゃん、って思っちゃう。遠い未来ならありえなくないけど、その場合、21世紀の記録はどういうことになっているのとも思うし。
っていうか、一ノ谷とニザマは作中の移動時間からいっても距離がそんなに離れてないのに文化違いすぎない? アルデシュはまだ山深いからで納得できなくもないが。
ひとつの国の中での歴史や文化の説明は納得できるのだけれど、それらの国々が近い距離で隣り合っていることには作者の見えざる力を感じて。たとえば『十二国記』みたいに最初から完全に人工的に作られた世界ならいいんだけど、世界の中での自然の理と作者の都合が中途半端に混じっていてどうにも気持ち悪かった。
そして、「図書館の魔女」は魔女という名前でありながら魔術を否定しているというところがおもしろさのひとつだと思うんだけど、じゃあ高い塔では階段が一方通行だとか、最初にキリヒトが来た時に名前が書いてあった云々は何だったの。
なんでそれが彼女の中では同居しているんだ……。