麻耶雄嵩『貴族探偵』の続編。
新米女探偵の高徳愛香と、推理をしない貴族探偵が推理合戦をする、という趣向の連作短編集。
この女探偵の愛香ちゃんがすごくかわいい!
こういう子、好きです。
亡くなった師匠の跡を継ごうと、その名声を汚さないように必死で、けれども自分はまだまだひよっこで、探偵であるプライドはあるから推理をしない貴族探偵が許せなくて、毎回果敢に挑むけれども軽くいなされているので余計にむきになる辺りがとてもかわいい。
師匠から伝授された探偵哲学的なものが時折示されているのですが、それもまた良いですよね。「信念なき探偵は覗き屋と同じだ」とか、「事件に関わりたいがために自ら依頼を求めに行くようになったら、その時は既に探偵の魂が死んでいると思え」とか。かっこいい。
何ていうか、こういうまっとうな探偵観があるからこそ、そこからいろいろな要素を抜いた「探偵」のヴァリエーションを創り出してこれたのかなという気もします。
そしてこの本における女探偵の役割は、『9マイルは遠すぎる』なんだろうなと思いました。
つまり、論理的に正しい推理を重ねていったからといって、必ずしもそれが真実だとは限らない、という。まぁ『9マイル~』はそういう話をしていたのになぜか真実っぽくなっちゃうところが面白い話なのですがそれは置いておいて。
高徳愛香の推理は、一見正しそうなんですよね。
でも要素や条件の見落としや、うまく説明がつかない事象がある。(そして貴族探偵を犯人として指名している)
そこで貴族探偵(の使用人)が正しい推理を披露して事件は解決、までが一連の流れ。
この、一見正しそうだけれども要素の見落としがある、というところのバランスがすごく犯人当て的でしびれました。
バランスっていうかなんだろう、犯人当てを解くときに「だいたいこの線でいけそうだけれども、でもこの辺を使っていないからたぶん違うんだろうな」って考える思考回路と同じ部分で読めて、そういう感覚があまり離れすぎていなかったから楽しめた気がします。まあそういうのってメタな思考なので、そんなに好きではないんだけれども。
……世の中には推理ゲーム的なものでも、明らかに怪しいのに回収されない伏線があるので。その点この本は完全に単純に騙すためだけのミスディレクションがほとんどないので、フェアでスマートで好感度が急上昇しました。
麻耶雄嵩のおもしろがり方はいまいちよくわかってないけれども、犯人当てのつもりで解こうとして読むとすごさがわかりやすいのかもしれないと気づいてきた。
解説の百人一首についての話はあまりにもこじつけすぎて、せっかくスマートでフェアで完成度の高い論理を見て楽しかったあとなのに、推理ですらない妄想が最後にやってきて微妙な気持ちになりました。
「むべ山風を」は確かにって思ったけど、順徳院が流されたのは~とか無理やりすぎ!
とはいえ、それぞれの歌と短編の内容が呼応しているかっていうと、それもまた微妙な気がするのです。
「色に出でにけり」は秘めた恋の話なので合っている気もするけれども、ほかは歌全体というよりもそこのフレーズだけに意味があるのかなあ。
なぜこのタイトルを選んだのかがどうにも謎で、どうにか意味を見出そうとするとたしかにこじつけの妄想をしてしまうかもしれない。
高田崇史だったら何文字目かを縦(横・斜め)読みすれば文章になるとかそういうのなんだけど。
[1回]
つづきはこちら
各話の感想を簡単に。
「白きを見れば」
貴族探偵がどう登場してくるのかが、ちょっとウォーリー的な気分でおもしろかったです。お前だったのか、っていう。
ダミー解から正しい推理への反転は鮮やか。
「色に出でにけり」
料理人もいたんですね。っていうか貴族探偵の使用人は全員推理力高いのかしら。
文字の分解のところは思わず「おおっ」と声が出ました。でも占い関係ないじゃん。
確実にアリバイがある→だからこそ犯人だというところはちょっと展開についていけなかった……。
「むべ山風を」
ティーカップの色とゴミの分別、上座下座の関係からの消去法……と思いきや、犯人の工作やほかの人の関与で事態が複雑になる。読んでいて、メモがほしくなりました。
この辺から、愛香が貴族探偵を犯人と指摘して貴族探偵が正しい推理を開陳するパターンだとわかってきたので、正直少し飽きてきていた。
光るキノコが気になる。
「幣もとりあへず」
山への御幸だからこの題なのかなぁ。まつろわぬ神発言にはちょっと笑った。そりゃそうでしょうよ。……貴族っていうか、皇族なんだろうと思っているのですがそれでいいのかしら。まあ藤原家にしたってもとは大中臣で神祇の家だからまつろわぬ神に願をかけようとはしないでしょうが。
座敷童子(正確にはいづな様)の出る旅館で起こる殺人事件。奇妙な儀礼と建物の構造にわくわくしました。
いづな様が現れたのかや、そもそもそれは何なのかみたいなところは特に明かされなかったので若干残念です。そういうタイプの作品じゃないって知ってるけどー。
前作の某短編と同じ仕掛けを使っている話なのですが、前作や某長編の方が好きです。三回目にもなって慣れたのかもしれないけど、前読んだ二つの方がシンプルに決まっていたかなあと。あとこれは読者および愛香には分かりえないのではないかという点でも引っかかった。よく読めば気づけるのかしら。
「なほあまりある」
この話が一番好きです。
ついに愛香が謎を解いて、えって思ったら彼女すら貴族探偵の使用人扱いって、貴族探偵はどこまで許容しうるのだろうと。ジャイアニズムあるいは公地公民でもいいんですけれども、「所有物」の枠を広げていけるのならそれは実際に推理をするのが誰であろうと貴族探偵という装置による解決になってしまうわけで。
ぞくっとしました。
推理自体も、今までの短編で触れられてきた伏線を巧く回収していてテンションが上がりました。
ただ、文庫374ページ後ろから2行目、「三箇所のバラ」がなぜ3なのかよく分からなかったです
……。二箇所でいいのでは?? 何か見落としている?
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