おもしろかったのか、好きなのかはよく分からない。けど、確実にすごい作品だったと思う。
以降の感想にはネタバレあるかもしれません。はっきり誰が犯人とかは書いてないつもりだけど、知った上で書いているので、勘のいい方は分かってしまうかも。
古い作品だけれども、今読んでも全然古臭さを感じなかったです。
もちろん、作中で描かれる女性の立場と書きぶりとか、尊属殺人という言葉とか、そういうところには時代を感じたのだけれども、古いものだから逆に昔はそういうものだったんだというところに納得してストレスを感じずに読めた。
一章一章が短くて、あっという間に読み進める感じです。
文章がすごく詩的でいいなと思う反面、括弧書きの台詞の中までもその調子で、実際にそういうふうに発言していると考えるとちょっとうざいなというか、修飾はいいから本題に入りやがれって気分になってしまう……。地の文なら全然好き。
なんでしょうね、たぶん自分の中で台詞と地の文それぞれに対して「こういうもの」というイメージがあるので、それを逸脱しているとひっかかるところがあるのだと思う。
ともあれ、文章のそういう感じとかもあって、私が今まで読んだものでいうと『雪の断章』が近い気がしました。
でも主人公の性格は、こっちのほうが断然好みです。ストリップダンサーで過去も悲惨そうだし現在の状況的にもかなり追い詰められているのに、うじうじしてない。相応には悲しんでいるけれども、きっぱりしていて本質的にはとてもまっとうな感じがするので。
しかし、女って怖いですね。
目的のために人を愛せるし、その間は本当に愛しているけど、一度愛がなくなれば未練なく見限れるところとか。
私も一応その分類に入るものの、そうした性質には畏れるばかりです。もしかしたら自分にも傾向があるのかもしれないですけど。
「愛してたんじゃなかったのか」みたいな夫の台詞はすごく滑稽に思えました。
愛していた、けれども、何をされてもいつまでも愛し続けるわけではない。
よくいう上書き保存と名前を付けて保存というのは、こういうことだよなって。
……色恋沙汰には疎いので、解釈が違うかもしれないですが。
主人公や夫もそうだけれども、登場人物誰一人として信用できない感が強かった。
犯人っぽいという意味での信用できなさではなくて、人間的に。
舅や使用人との仲は、夫がもう少しマシに取り持っていたらここまでこじれていなかっただろうに、という気がします。取り持たなくても、たとえば主人公と舅が二人で話す機会がもう少しあれば、とか。
夫がもうちょっとマシな人間性もってたら事件の起こりようがなかったので、なるべくしてクズだったんでしょうけど。
主人公の場合は人間性はともかくいろんな意味で浅はかな部分があるのが気になった。上にも書いた台詞文での詩的な表現とかも同じことで、いかにも女性的だけどそういうところが付け込まれる隙になったんじゃないの、って。
それにしても、プロットがすごいですよね。
明らかに伏せているところがあるし、事件説明が現在パート(台詞文)と過去パートで交互に行われているので、これは何か叙述トリック的なものがあるに違いないと思って読むのですが、気がついたら詩的な文章に没頭していて叙述を見破ろうとする目が弱まっていたのでまんまと騙されてしまいました。
その結果、途中で何が起こっているのか分からなくなり、読み返してわぁって驚嘆した。
……この説明だと、プロットがすごいというより私の頭が弱いだけに見えるかもしれないですが。
それでも警察の初動捜査杜撰すぎるだろう。主人公や他の登場人物もわりと捜査混乱させることをしているけど、それにしてもひどい。
警部さんはいい人で、ほっこりしました。
無実の人を死刑にしたくない、ということについて「私たちの願いではなくて、義務なんです」という台詞があったのですが、とても素敵だなと思いました。
登場人物の一人ひとりがそれぞれの思惑で偽証したり証拠品隠したりすること自体は、個人的にわりと好きなシチュエーションではあるんです。
犯人当てとかで、犯人以外の登場人物は嘘を吐かないという設定がいかにも作りものっぽく思えてしまう反動というか。
高里さんの『海紡ぐ螺旋 空の回廊』のあの事件の構造が本当に好きで。……っていうのは完全に脱線しているので置いておきます。
ただ、この『弁護側の証人』は主人公以外ほぼそろって真犯人側についていたので、それぞれの思惑というほど複雑な様相ではなかったのが若干残念。
いや、本当に『海紡ぐ螺旋〜』大好きなんですよ。なのであれを基準に考えてしまう。
人間二人の生命の問題、というのはどの二人を指していたんだろう。
主人公と子供なのか、夫と主人公なのか。
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