読んだのはちょっと前なんですが、感想を書くのを忘れていたので。
クロフツです。
地味で丁寧なアリバイものというイメージはやっぱりあったのですが、『樽』に関していえばアリバイ崩しよりも前の部分がおもしろかったです。
アリバイものって、どう考えても犯人はこいつだろうという容疑者がいるのに、肝心の時間に他のところにいた証拠がある、という状況にならないとアリバイものにならないと思うんですよね。
でもこの小説は、どういう事件なのかが分かるまでが長かったし、そこがすごくおもしろかった。
情報が次々と出てきているだけなのに、どうしてこんなにおもしろいんだろう。
有栖川さんの解説では「冒頭は物語の進行が遅い」から読みにくいという風説があると書いてあったのですが、私は逆に冒頭がすごく楽しかったです。
まず、「彫像在中」と書かれた樽が荷揚げ中に破損して中から金貨が出てくる、さらに金貨だけじゃなくて人の腕も――という発端がすごくわくわくする。
そこで海運会社の人たちと樽を持ち帰ろうとするフェリクスの攻防、そして見つかったと思えば消える樽を追う警察の捜査が、動きがあってサスペンス風のおもしろさ。
まぁ、サン・マロ荘での張り込みや捜査シーンは若干退屈でしたが。足跡のくだりとか。
フランスに渡ってからも、謎だらけの状況が少しずつ解けていって、でも逆に情報が増えたことによって謎が増えてっていうのがひたすらにおもしろかった。
樽がどんどん増えていって混迷を増していくあたりは、このまま増殖を続けて樽の海に溺れるような感覚に陥った。
捜査中にお店に入るたびにビール飲んでるのとか、国境を越えた刑事二人の友情とかの微笑ましさもありましたが。トラベルミステリーの走りと言われるのってこういうところなのかなと思ったり。
いったん犯人が捕まって、でもまだページ数かなりあるよなって思ったらそこから弁護士と私立探偵が出てくる盛りだくさんさがすごかったです。
ただ、容疑者は2人しかいないので、すでに捕まっている人じゃないとしたらほぼ確定じゃないですか。
そこから、アリバイ崩しを論証していくのは、結論が分かっているからだるい、という気持ちになってしまった。って、ハウダニットを完全に否定してしまってますが。
やっぱり、何が起こってるか何も分かってない状態から少しずつ情報が増えて分かっていく方が私はおもしろく読めました。
あと、樽がいっぱいあって行動がややこしくて、頭がこんがらがってきまして……。
だからアリバイものってあんまり好きじゃないのかもしれないですね、『樽』はおもしろかったけどその部分じゃないので。
ただ、アリバイものは交通手段の問題なイメージだったんですけれども、これを読んでそうじゃないんだって気付きました。
犯行を行うためにはこの時間にここにいなくてはいけないのに、別の場所にいた証拠がある、というのがアリバイ(不在証明)ですよね。
それを崩すには、時間がずれているとか場所がずれているとか、とにかくその時間にそこにいなかったかもしれないといえる論証をすればいいのであって、それさえ論証できれば交通手段は問題じゃなくなるんですね。
うまくいえないけど。
交通手段の抜け穴を示すことこそがアリバイ崩しというイメージがあったけど、たしかにひとつの方法はあるけどそれだけじゃないというか。
この作品でも、アリバイ崩しの肝心のところは真犯人が主張していた行動が別の場所でもできたということで、交通手段自体はそれさえ分かればあっさりこの便があるぞってなったので、思ってたアリバイものじゃなくて意外でした。
ラストで何の脈絡もなく冤罪をかけられた方の人が幸せになっていて、ちょっとおもしろかったです。
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