なんだか期せずして泥棒ものを続けて読んでいる気がしますが。
本物の伊坂幸太郎の新刊。久しぶりの黒澤さんシリーズ!
中村、今村、若葉も活躍してました。
伊坂作品の中ですごく良いというわけではないんだけれども、安定したおもしろさ。
仙台の住宅街で発生した人質立てこもり事件。SITが出動するも、逃亡不可能な状況下、予想外の要求が炸裂する。息子への、妻への、娘への、オリオン座への(?)愛が交錯し、事態は思わぬ方向に転がっていく――
というのが出版社のウェブサイトにあった内容紹介。
ストーリーとしてはそんな感じなんだけれども、起こった事件を記述する手法が、今作のモチーフでもある「レ・ミゼラブル」とオリオン座の在り方をなぞっていて、すごく好きです。
小説の構成自体に意味を持たせているのがすごい。
ネタバレせずにはこれ以上踏み込んで感想を言うのが難しいですが。
とにかく「レ・ミゼラブル」読んでみたくなった。
でも5年もかかるのかぁ、と二の足を踏んでしまう。
あと、この作品には犯罪組織が出てくるんだけど、構成員の名前が兎田や猪田で、伊坂世界の反社会的勢力の人はみんな動植物っぼい名前なんですね。
だから、直接的には関係ないけれども殺し屋さんたちの世界と黒澤さんの世界が重なったような感覚を抱きました。
[1回]
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以下、軽いネタバレがあります。
私はもともと、作者が妙にしゃしゃり出てくるような小説は好きじゃないんですよね。
昔からある手法ではあるけれども、本を読んでいるときの感覚としてはつくりごとではなく物語世界で実際にあったことという想定で読んでいるので、地の文で作者が出てくるとお前誰だよって思ってしまう。
ただ逆に、そこに意識的な小説はめろめろに好きになっちゃうんです。作者がしゃしゃり出て来ていても、その語り手が誰かが作中でちゃんと設定されていたり、誰かの語りであること自体に意味があったり。
だから、『ホワイトラビット』も作者が「ここでいったん場面を区切る」とか「書割じみた人物説明は、文学性を重んじる者たちから軽蔑されるだろうが」とか、やたらしゃしゃり出て来るのだけれども、冒頭でレ・ミゼラブルがそういう小説だというのが示されていたから、なるほどこれはレ・ミゼラブルの本歌取りなんだなと納得できたのでそこまで嫌ではなかったです。
伊坂幸太郎の文章自体が好きだし。
ただちょっと作中人物たちとの距離が遠い感じがして、それは黒澤さんがクールだからというのもあるかもだけど、ラストがあっさり風味だなと思った。
さらに序盤で出てくる「すでに起きてる出来事も、時間がずれないと見えないわけだ」という黒澤さんの台詞。これはオリオン座のベテルギウスについて言った言葉ではあるけど、直後に書かれていたように「この物語自体の構造を示唆してもいる」。
そのこと自体を言っちゃう地の文がかなり不思議な感じだけれども。
そう書かれていても、時間がずれている二つの物語が展開していっても、真相が明かされるまでは全く気づけなくて、騙されたのが清々しい。
「父親」にしても、これは黒澤さんではないか、と思っていたけど、黒澤さんと同じ思い込みをしていたので電話がかかってきたときは疑問でいっぱいになった。
読者の想定のちょっと上あたりをうまいこと突いてきていて、「気づけなくて悔しい」と「想像しなかった展開でおもしろい」のバランスが快感になる感じといいますか。
読んでいて楽しい。
陰の主役とでもいうべき、SITの夏之目課長の物語をもっと読んでみたい。
でも、彼の人生については語るべきことはすべてこの作品内で語り尽くされているんですよね。
めいっぱい語られたからこそ、彼の人生に思い入れができて、もっと読んでみたいと思った。けどこれ以上語ることはないし、きっと蛇足になってしまうんだろうな。
生まれて死ぬまでの間に、いろいろある。
シンプルな言葉だけど、なんとなく染みました。
やっぱり伊坂幸太郎は良いですね。
そういえば、タイトルはホワイトラビットで「白兎事件」で稲葉と兎田は出てくるけど、レ・ミゼラブルやオリオン座ほどは強いモチーフではなかったように感じました。
兎田が素兎なら、黒澤さんはさしずめ大国主なのかしら、だったらとても楽しい。
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