忍者ブログ
2024.05 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

最新記事

プロフィール

HN:
睦月
HP:
性別:
女性
趣味:
読書
自己紹介:
妖怪と神話とミステリと甘いものが好き。腐った話とか平気でします。ネタバレに配慮できません。

カウンター

リンク

ブログ内検索

アクセス解析

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2024/05/02 (Thu)

『大いなる眠り』

ストーリーは展開が早くて、『長いお別れ』よりも楽しく読めました。
半分くらいで依頼された件とそれにまつわる殺人には方がついてて、あと何やるんだろうって思った。
いや、失踪人調査の話は最初っから出てるんだけど。だからメタ的にはその件を解決するんだろうというのはわかるんだけど。
依頼するのかしないのか、調べるのかどうかはっきりしろよって思いました。
依頼しないと言っていて、調べないと言っていて結局調べるのって、そこに至った感情や状況の変化もよくわからないので無駄な引き伸ばしのように感じられた。
ただ、その真相はおもしろかったです。


しかし何より、訳が古い!
双葉十三郎訳を読みました。訳者紹介によると大正時代生まれなことにまず驚いた。
ただでさえ翻訳ものは苦手なのに、訳が古すぎてなおさら読みにくかったです。
「将棋」に「チェス」とルビが振ってある衝撃!
ここまで訳が古いと、原文と村上春樹と3つ比べてみたいなと思いました。
あと、「うふう」。これは何なの?
文脈的には、都合の悪い質問をごまかすときの間投詞だとは思うんですけど。ユダの窓の「がぶりがぶり」以来の珍妙な擬音語。
訳の話をもうちょっとすると、役割語の暗示する対象って時代によって違うのかしら。
「うふう」もそうなんだけど、語尾やちょっとした言葉遣いが、想像していたフィリップ・マーロウ像とずれていたんですよね。思ってたよりも、田舎もののチンピラっぽい言葉遣いだった。
訳された当初、あるいは書かれた原語ではもうちょっと違うイメージをもたせてたのが、今読むとそう感じられるのだろうかと気になりました。

これも時代なのかもしれないけど、依頼人のスターンウッド将軍が今にも死にそうな老人として描かれているのにまだ59歳だったのにびっくりしました。
還暦も迎えてないじゃん!
1930年代アメリカの平均寿命的には、これが普通だったのか。もちろん個人差のあることだから、59歳で死にそうなほどに衰弱してる人がいるのはおかしくないんだけど、早すぎる感覚がありました。それならエクスキューズあるんじゃないか、って。
でもエクスキューズも何も、全体的にわりと説明を飛ばしている書き方だからな。


とはいえ、ラストの文章は素敵だった。大いなる眠り云々のあたり。
『長いお別れ』よりは、持ってまわった言い回しも少なくて、訳の古さをのぞけば読みやすい。
チャンドラーの文章に感じるお洒落さって、持ってまわった言い回しこそにあるのかもしれないなと思いました。
比喩がいったいどういう性質を喩えてるのかよくわからないのとか、どういう意味なんだろうと考えるのでそこで染み込んでゆく感じ。
会話が表面的な言葉と意図が違うように進むもたぶんそういう効果があるんだろうけど、そちらはお洒落と思うよりもやもやするほうが多い。地の文は多少ニュアンスがわからなくても読み飛ばせるけど、会話は読み飛ばせないので。


古くて有名な作品を読むと、おもしろいけどそこまで?って思ってしまうことが多い。
この作品に関してもそうでした。
チャンドラー、フィリップ・マーロウといえば本当にいろんな作家や作品が影響を受けてるものじゃないですか。
だから期待して読んだのに、期待していたほどにはかっこよくなかった。
それはあるいは上に書いたように訳の醸し出す雰囲気のせいかもしれない。あるいは、私の求めていたかっこよさは別のベクトルだったのかもしれない。
映画化しているみたいだし、そのイメージなのかな。
驚くような真相や緊迫したサスペンスというのもそこまでなかったように思う。むしろ、次々と起こる事象に翻弄されていたような印象。窮地に陥っても、なんとかするのだろうと思ってハラハラすることもなかった。
だから、どうしてこんなにも多くの人たちが好きなんだろうということが気になるのです。
先駆者としての意味が大きいというのなら、それは同時代にいない私には会得できない感覚だと思う。理解と納得はできるとしても。
でも同年代でもチャンドラー好きって人はいるから、パイオニアってだけじゃない何かがあるんだろうと思います。
本に求めてるおもしろさが違うのだろうか。

解説には「生き生きとした人間の描写」が魅力と書いてあったけど、これはこれでコマっぽい気がするんですよね。マーロウ以外。
スターンウッド家の二人の娘とか、本当に生き生きとした人間か?金持ちのキチガイ女としてはけっこうテンプレート的な性格じゃないか?と思うわけですよ。

拍手[0回]

PR
Leave a Reply
name
title
color
mail
URL
comment
password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
管理人のみ観覧可