思っていたよりも、ミステリだった。
兄と弟、彼らをモデルにした人気の小説『火の紙』、そして連続不審火事件にまつわる話。
長野まゆみの作品にはよくあることだけれども、真実と虚構と幻想と妄想が入り混じって、何が本当にあったことなのかわからない感じ。
特にこの話は、現実と虚構さえも何重にもなっていて複雑。
作中にも引用されるマグリッドの『白紙委任状』(馬に乗った女性が森を通る絵)と、「目に見えるものは、いつもほかのなにかを隠している」の言葉のとおり、書いてあるものだけを追っていくと真相にはたどりつけない。
こういうのも好きだけれども、もうちょっとぱきっとわかりやすい、少年愛の香りが濃厚な物語もまた読みたいです。『よろづ春夏冬中』のあとがきにもあるように、書いているものはずっと同じなのかもしれないけれども。
それこそ『よろづ春夏冬中』とか『白いひつじ』くらい単純に萌えたい。曖昧なところはそのままでも。
以降に重大なネタバレがあります。
ネタがばれていてもきっとそんなには重要じゃなくて、文章に遊ぶだけで楽しい作品ではありますが、隔離しておきます。
[4回]
つづきはこちら
ただ、思っていたよりもミステリだったと思ったのは、何が現実で何が虚構だったかが一応説明され、見えていたものが全く違うものに変わるところがあったから。
そしてそれが再びひっくり返ることも。
念のための、答え合わせ。
語り手の「私」はカウンセラー。
翻訳家のサラは事故にあい、自分を清三五の『火の紙』に出てくる祐介の妻のサラと思い込む。
本編は、サラの妄想に基づいたもの。「彼女の症状にともなう周囲の混乱ぶりをそのまま描写した」手記。
連続不審火は複数の『火の紙』のマニアによる連鎖的な事件だった。
「現実の」祐介は清の編集者だがサラの夫ではなく、ひとりっ子で独身。ただし、もう一人の人格の計一は存在する……? サイレンが引き金?
ということでいいんですか?
26章から30章が、どのメタレベルにあるのかが謎。
計一とユリア、清三五とルビアンが食事をするシーンですが。
ルビアンが語った猫とライオンと妖精の話を、後でユリアが本当のものとして語っているから、彼女がその話を聞いたのは実際にあったことでいいのかな。
え、サラって2か月も前からその状態だったの?
わからないのはメタレベルよりも時系列かもしれない。
でも悩めば悩むほど、本質が見えないのではないかという予感もすごくある。
「白紙委任状」的に、見えているものと見えていないけれども近くできるものを想像して受け入れて、「やりたいようにやらせる」のが正解な気がします。
途中に挿入される話で目くらましされている感がすごい。
物語の構成としては、匂いのセンサーとか、猫とライオンと妖精の話とか、〈紅いばらの館〉とかは特に意味をなしていないと思うんですよね。
〈紅いばらの館〉は「燃える書物」というモチーフの連続的な重なりなので、まだわかるけれども。それとも何か文学的に意味があるのかな。
石綿は鉱物でガジェット的にらしくて良かったです。
あと、作中では書かないという思わせぶりな文章も多いよね。読んでいくと後でわかるものもあるけれども、本筋とは本当に関係なくて特に触れられないままのもある。不思議とあとまで引っかかることもないけど、読み返すと気になる。
祐介が清にそっけない理由とか、痴情のもつれとしか思えないよー。
「海神の娘」はなんでそういうタイトルにするんだろう。
豊玉姫?入れ替わった兄弟と結婚するってこと?
そういえば、長野さんがクリスティを好きというのはたしか何かでパスティーシュ書いてたし知っていたんだけれど、ブラッドベリの名前も出てくるのは意外でした。
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