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2024/04/26 (Fri)

『パーフェクトフレンド』

野崎まどチャレンジ。この間読んだ『know』もあまり好きではなかったから、かなり懐疑的だったんですけど。
素直におもしろかったです。

あらすじ。
小学4年生の理桜は、4年連続クラス委員を努める頭のいい少女。彼女は担任の依頼で、同じクラスになった不登校の少女さなかを訪ねる。さなかは大学までのカリキュラムを終え、博士号を取得している天才少女だった。小学校に行く必要を感じないさなかに、理桜は"友達の素晴らしさ"を説く。さなかは、「友達とは何か」「なぜ友達が必要か」「友達は作れるか」を知るために、学校に行くことを決意する。



うん。野崎まどは天才少女が好きなのかなと思うんだけど、私は別に好きじゃないんですよね。
私が好きじゃないのが、「野崎まどの書く天才少女」なのか「天才少女一般」に拡大できるのかあるいは「天才」なのか「少女」なのかは判然としないですが。
ともかく、そこに温度差は生まれていた。

でも一方で、少し頭がいいぐらいの人が本物の天才と出逢って足掻く物語は好きなのです。
だから理桜が好き。
葛藤しつつ苛立ちつつ、それでもいつの間にか友達と思ってしまっていたところとか、彼我の差を悟れる程度には頭がいいところとか。
Ⅴ章の理桜がすごく良くて、だから直後の展開が突然で。え?なんで?何が起こったの?って混乱した。きっとそうしてショックを与えるために、Ⅴ章の理桜がとても良かったんだと思うと、作者に対して理不尽な怒りを覚える。


小学生女子の日常の雰囲気も良かったです。ほのぼのと楽しい。
不思議スポットを巡ったり、お泊り会をしたり。
ボケとツッコミというか、地の文も含めてちょっとスベってる感もあったけど、小学生だしで納得してしまう(本当に?)

ところでどうでもいいのだけれど、名前とキャラクター的に、やややが出てくるたびにしゅごキャラが頭に浮かぶ。

で、そんな小学生らしい日常を送っている間にもさなかは友達とは何かについて考えていたわけですが。
「友達とは何か」を方程式で表そうとする発想はおもしろいのかもしれない。かもしれないというのは、私自身が数学苦手なので方程式と言われてもみたいな気分になっちゃうのと、方程式自体は出てこないからなんか肩透かし感がある。

中盤でさなかが語っていた「友達とは何か」、人類の効率を向上させるシステムというのは一面ではあると思うんです。でも、それは「友達」でなくても構わないというか。グループ化することで効率化するなら、そのグループを向上する社会集団の種類は問われないじゃないですか。「友達」でも「恋人」でも「家族」でも、単に学校でよくあったような「近くの人とグループを作る」でも社会生活の効率化は図れるのではないか。
と思ってしまった。
感情とか、個人の問題とか以前に。
後の方に出てくるもう一つの答えでも、帰納的な考え方をしているからかもしれないけど、ほかの社会集団ではなく友達でなくてはならない理由は分からないままだった気がする。
友達を観察して「友達とは何か」を考察する以上、ほかの社会集団ではない「友達」を定義することは難しいのかもしれないけど。対照実験も必要だよねぇ。
結果的にさなかは友達を作れて、豊かな人生を送ることになったから有耶無耶になったけど、そういう意味での「友達(ほかの社会集団からは差別化されたもの)」についての議論もほしかったです。

興味深かったのは、はじめに理桜が友達の素晴らしさを説いたときに、「理由は分からないけど、みんな友達がいるから友達は必要だ」というようなことを言ってたこと。私はここの理桜とさなかのやりとりに感動した。
具体的にはさなかの言った「科学的」という言葉。
つい勘違いしてしまうけれども、世界がまずあって、その構造を解き明かすのが科学なんですよね。
水がちょうど100℃で沸騰するのではなく、水が沸騰する温度を摂氏100℃と定義してる、みたいな。
なんか蒙が啓けたというか、そうだったと思い出したというか。
それを指摘してくれたのが良かったです。


Ⅵ章で語られる魔法のあり方や、魔法的な考え方による「友達とは何か」も面白かった。
納得できるかというと、こちらの答えにも納得できないんだけど。そういう考え方もあるのか、という新鮮さがおもしろい。
"無限"ってなんだろう。

この作品の、この「魔法」については魔法のままの方が好みだなって思いました。
魔法であるともないとも確定しない限り、無限の可能性を想像できる。なら私は(私も)魔法と想像していたい。

あ、分かった。
この小説は「友達とは何か」が主題ではないんだ。そこも大事なポイントだけど。
少女が、世界の見方を知る話なんだ。
たぶん本質はそっちだ。と思う。違うかも。
シンプルなテーマだけど、だからこそ普遍的だしおもしろい。



先程書いた、「方程式自体は出てこないからなんか肩透かし感がある」ということなんだけど、今まで読んだ野崎まど作品に感じていた不満のひとつはたぶんこれなのだと思います。
天才少女が何かすごいことをして、でもその「すごいこと」の肝心のところが書かれていないように感じる。
作中世界にはまってしまっているからこそ、どんなすごいことをするかを知りたいのに、その期待はずらされて、だからフラストレーションが溜まるのかもしれない。
アムリタを読んだときから、ぼんやりと思ってはいたんです。この本を評価するためにはメタレベルが違うのかもしれないって。うまく言語化できないんだけど。
もっとも、サンプル数3で何をいうかって感じがします。

ほかの作品も読むかなぁ。どうだろう。
野崎まどの良さは相変わらずよく分からないんだけど、『パーフェクトフレンド』はおもしろい小説でした。

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無題
はじめまして。
野崎まどファンです。
"その「すごいこと」の肝心のところが書かれていないように感じる。" というお話、すごく分かります。ハリボテのような感じなんですよね。野崎まどファンは、そのハリボテを壊さずに読めるんだと思います。(自分でも何を言っているか分からない...)
野崎まどの作品は、波長が合う人は面白いのですが、苦手な人が読んでも面白くないのではないかと思います。なのであまりおすすめはしません。
ですが、もし読むのであれば、メディアワークス文庫の「[映]アムリタ」から「2」までは一つの作品のようになっているので、そこの作品だけは発売日順に読むことをおすすめします。
2017/07/30(Sun)00:08:43 edit
Re:無題
はじめまして。
コメントありがとうございます。ブログ管理人の睦月です。

>ハリボテのような感じ
ファンの方でも、そう感じられるのですね。
たとえば、ねぶた祭りのような感じなのでしょうか。ハリボテであると了解しながらも、その上で素晴らしいとか美しいと思うような。

どうしたらハリボテを壊さずに読めるのでしょう。……と聞かれても困りますよね。
何冊か読んであまり好きではなかったので、結局のところ、私には波長が合わないのかもしれません。(ファンの方に言うのも失礼ですね、すみません)
「2」がおもしろいという話は、いろんなところで聞くのですが、そこまでの道が長そうですね。
2017/08/02 15:33