クロフツは今回初めて読んだ作家でした。
ただでさえ古い作品や翻訳ものは苦手ですし。
地味で丁寧なアリバイ崩しものを書く人でしょ、私そういうの苦手なんだよね、と思っていて。
積極的に読まず嫌いとまでいかなくても、機会がなければわざわざ手を出さないぐらいの立ち位置にいたんですけど。
だから今回、薦められて『スターヴェルの悲劇』読むことになったけど、たぶん好きじゃないだろうなと思って読み始めたんですね。
でも、実際に読んでみたら、意外にも楽しめました。
地味なのは地味なんだけど。
ただ、読んだのがたとえば6年前とかだったら、おもしろいと思えなかったのかもしれない。ミステリの読み方をぐるぐると考えて、いろいろな本を(といっても少ないけれども)読んできたから、今これを読んでおもしろいと思えたんだろうなと思って、感慨に浸っています。
そもそもアリバイ崩しものじゃなかった!というのが一番の驚きだった。
スターヴェル屋敷が一夜にして消失、焼け跡からは主人と使用人夫婦の死体が発見され、金庫に入った紙幣は灰と化していたという事件。一時は事故で片付いたものの、焼けたはずの紙幣が3週間後に使われていて、捜査が開始される。
その捜査シーンが読んでいてとてもおもしろかったです。
今までの経験から、捜査シーンのおもしろさってちょっとドタバタ劇的なところにあるのかななんて思ってたんですけど、そういうものはあまりなく。
ただ新事実が次々と発見されるだけなんですけど、それがなぜかおもしろい。
あとはいろんなところに移動したり。イギリスの地理がいまいちよくわからないけど、やたら移動が多いなと思いました。そしたら解説座談会でトラベルミステリと言っていて、なんか腑に落ちた。
あ、指輪の件や最後の駅でのシーンは少しドタバタしてましたね。それはそれで楽しかったです。
ただ、ちょっと気になったのは、新事実の提示が箇条書きっぽい。証言も間接話法的だったり。実際に喋ってはいるんだけど、必要な情報を提示している面がかなり強かったです。
だからこそ捜査がさくさく進んで、展開が早くて、とプラスの面も大きいですが。
捜査でいろいろと事実が分かっていって、それをもとに仮説を立てて捜査をして、というサイクルが繰り返されるタイプの小説でした。
で、ここの発見した事実から仮説を立てるのは、ひとつひとつはすごくシンプルな推理なんですよね。
一歩先くらいは読んでいて推測できる。
たとえば、完全に焼けた死体が3つあり、たまたま近所で火事の当日にインフルエンザで亡くなった人がいて、ってなったら、普通バールストンギャンビットを疑うじゃないですか。みたいなレベルでの推測です。
続く捜査を読むと、その推測は裏付けられたり裏切られたりして、じゃあこういうことかなと推測を立て直して、みたいな感じで読んでいたので、捜査が進展するにつれて小さな驚きと納得があり、それが積もっていくのがおもしろかったのだと思いました。
フレンチ警部も、天才型の探偵ではなくあくまで優秀な警部でしかないんですよね。
だから推理に飛躍はなく、一歩一歩進んでいくので、読んでいるこちらも事件のかたちを追いやすい。
私はあまり頭がよくないので、推理小説を読んでいると、解決シーンを読んでいるそのときは納得しても、後から思い返すとなんでこういう結論になったんだっけ?と思うこともしばしばあるんですけど。この『スターヴェルの悲劇』は振り返ると来た道にちゃんと足跡が残っていて、良かったです。
2箇所くらい飛躍したなと思ったところはありましたが。それも論理が飛躍していたんじゃなくて、偶然にも犯人が近くにいたとか、外的な要因によるもので。そういうのを挿入することで物語としても起伏ができておもしろかったのかな。
最終的には意外な犯人だったので、驚いたのだけれども、意外な犯人だったからこの本がおもしろかったわけじゃないよなと思うのです。
あとフレンチ警部が、地方の警察を少し馬鹿にしていたり、この仕事がうまくいけば出世できると期待していたりしたのが可笑しかったです。
特に後者、いや人死んでるんだから自分の名声のこと考えるのは不謹慎じゃん、と思った。
でもそういうところも凡人っぽいし「名探偵」じゃない普通の警察として作っているキャラクターなのかなと思った。
たぶん時代的にキャラクターとかはそこまで意識していないと思うんですよ。
登場する人たちもおおむね駒のようなものだし。
それでも、そのなかで人間像や人間関係がはっきり描かれていたなと感じました。
ヒロイン的な立場のルースや、彼女の恋人ウインパーには、読んでいて思い入れができた。
最後の一行がそれなのか!っていうのはちょっと衝撃でしたけど。
可哀そうに死んでしまった昆虫学者は本当に可哀そうだった。
町の人たちも、基本的に良い人ばかりで、この町はこれからどうなるんだろうなんてことも思ったりする。とりあえず医者を呼ばないとだよね。
皮肉っぽいバークリーを読んだあとだからこそ、そういうところが沁みるのかもしれない。
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