私は螺旋階段を上っていた。
上へ、上へと駆け上る。
階段の先に何があるのか、自分はどこから来たのか、なにも分からない。
上を見ても下を見てもただ闇に沈んでいる。
疲れても立ち止まることは許されなかった。走り止めたその瞬間、今いるところの一段下から崩れていく。
崩れる階段にせきたてられて更に上へ走った。
上っても上っても景色は変わらない。
自分は今、本当にこの階段を上っているのだろうか。
上っていると思い込んでいるだけで、本当はその場で足踏みしているだけなのではないだろうか。
不安が膨れあがる。それでも階段を上るしかなかった。
もはや、どうして、も何のために、も意味をなさない。
身体が限界を叫ぶ。
足がもつれて転んでしまった。
地面が消える。
引力にしたがって私の身体が落ちていく。
風圧に耐えられず、目を閉じる。
永劫にも感じられるほどの時間、空中を漂っていた。
地面にたたきつけられるのを覚悟していたけれども、いつまでたってもそれはやってこなかった。
恐る恐る目を開いてみる。
視界に入ってきたのは緑だった。
上を見ても下を見ても、右にも左にも階段の名残はどこにもなかった。
夢、だったのだろうか。
走っていた感覚も、身体の疲労も、現実にしか思えない。
さくり、草を踏む音がした。
体を起こして半身を捻り、そちらを見遣る。
そこには黒い服を身にまとった男が立っていた。
彼は帽子を取ると、優雅にお辞儀をする。
つられて私も軽く会釈をした。
彼はおもむろに鈍く銀色に光る懐中時計を取り出した。
開くと文字盤が輝いた。
時計の針が高速で逆回転を始める。
それを見ながら意識が遠のいていくのを感じた。
私は螺旋階段を上っていた。
上へ、上へと駆け上る。
いつとも知れず、どこかも分からない。
それでも私はただ階段を上っていく。
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