どうして私はこんなことをしているんだろう。
今日何度目かの溜息が漏れる。
私は自分の部屋で膝を抱えて座っていた。
ヘッドフォンからは彼の声が聞こえてくる。
『君は俺の華だ』なんて甘い言葉をメロディーに乗せて叫んでいる。
今時、歌で告白なんて引かれるだけで終わりそうなのにそれが様になるところが悔しい。
耳に彼の歌声が浸透する。
――どうして。
集中していないと恨み言を言ってしまいそうで、けれど集中していても彼の声に心を奪われてしまう。
この歌を聴いてどんなに気分が沈んでいっても、再生を止めることもヘッドフォンを外すこともしたくなかった。
彼の声を聞いていたい。
たとえ、自分に向けられたものでなかったとしても。
――本当に、バカだ…。
好きな人に告白したいから変じゃないか聴いてみてくれと私にCDを渡した彼も、そんな鈍感な彼を好きなあまりにそのCDを受け取ってしまった私も。
タイムマシンがあったら4時間前の私を叱りつけたい。
期待しなかったといえば嘘になる。
彼が私に恋愛感情を持ってるなんて、絶対にありえないと知っていた。
それでも万が一、もしもがないとは言い切りたくなくて。
ただ夢を見ていたかった。
その希望も潰えてしまったのだけれど。
私以外の人に愛を告げる彼の声から逃れるように、私は毛布にくるまった。
次の日の朝、彼にCDを返すと、彼はどこか不安そうに「どうだった?」と尋ねてきた。
私に聞かないで。
胸の痛みを押し殺して、よかったと、これならきっと成功すると明るく言う。
本当は彼の告白が成功することなんて望んでないのに。
どうせなら手ひどく振られてしまって、私のところにくればいいのになんて思ってる。
――こんな私は好きになってもらう資格なんてない。
彼はひどく微妙な顔でこちらを見ている。
まさか、いまのどす黒い考えが顔に出てしまっていたのだろうか。
けれども彼はそれに触れずに、たった一言こう言った。
「……それだけ?」
褒めた。応援した。それ以上に何かいるというのだろうか。
黙っていると彼は髪を掻き分けながら喋る。
これは彼の困っているときの癖、なのだけれど。何に困っているのだろう。
「もっと他にないのかよ。ありがとうとか、ごめんなさいとか。好きとか、嫌いとか」
「ごめん。話が見えないんだけど」
「だから伝えただろ。俺の気持ち。その歌で。……返事は?」
「え、……私に?」
指を指して確認すると、彼はそうだと頷いた。
……嘘だ。
「だって、試しに聴いてみてくれって言った」
「そんなの照れ隠しだろ。分かれよ」
「言われなきゃ分からないよ!」
涙が零れそうになる。
でも、泣かない。嬉しいから。
「……その辺から種明かしする人が出てきたりしないよね?」
「ドッキリとかじゃねぇよ。これでも本気なの」
「あの歌が?」
「変だったか?」
「変じゃな……くない。やっぱり変だよ、歌で告白なんて。紛らわしいんだもん」
「悪かったな、前世紀のセンスで」
「そこまでは言ってないじゃん」
私は笑った。
彼も笑う。
空気がふわりと揺らいだ。
「……ありがとう」
私も好きだよと聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。
なに、と聞き返す彼に告げる。
「頼みがあるんだけど。――私のためにもう一曲、歌ってくれない?」
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