夢を見た。
玄夜が笑っていた。
その相手は翠月ではなかったけれど、紛れもなく自分だと思った。
矛盾していることでも夢だからあるのだろう。
そこは気にすることなく、ただ翠月は彼が笑いかけられるひとがいることに安堵した。
玄夜が家を出ていってから2日が経ってしまった。
毎日探しているけれどもまだ見つからない。
彼ももう子供ではないのだから、と自分を落ち着かせようとするけれども、そんな理屈で焦る気持ちを抑えられるほど翠月だって大人ではなかった。
実際のところ玄夜もどこか危なっかしいところがあって、たまに子供のように思えるときがある。
きっと彼は信じていない――信じることができないのだ。
翠月を、ではない。
ひとの信頼というものをだ。
翠月もこの三年間は独りで逃げつづけてきた。信じられる人は周りにはいなかった。けれどもその前は家族がいた。友人がいた。どちらも、翠月のせいで殺されてしまったけれど。
でも、玄夜は違う。
彼は最初からひとりだった。
あの男が――海藤がいたかもしれない。けれどそれは信頼ではなく利害によって結ばれた関係だった。
捜査の基本は現場百回、犯人は必ず犯行現場に戻ってくる。
ずっと前、まだ家族が生きていた頃に見た刑事ドラマの教えを思い出して、翠月は玄夜が落ちてきたあの路地裏に行った。
「……べつに、そんなに簡単に見つかるなんて思ってなかったけど」
やはりというか何というか、そこに探し人はいなかった。
辺りを見回して、石の裏まで調べてみても見つかったのは白い羽が数本だった。
朱と黒に汚れていて羽の白さが痛々しい。
どうしてかそんなことをしたか自分でも分からなかったけれど、翠月はそれを丁寧にポケットの中にいれた。
ついでにと近くにあったヒメルの拠点のひとつに行く。
ここのところ追われることはなくなったけれども不安要素は早めになくしておくべきだ。玄夜とのこれからのためにも。
名乗りもせずに部屋の扉を開けた。
何ごとかと此方を向いた人間たちにむかって艶然と微笑む。
「つかぬ事をお聞きしますが。此方に玄夜はいませんか?」
翠月の出した名前を聞いて組織の人々は額を寄せ合って相談し始めた。
待っているとひとりの男が歩み寄ってくる。
眼鏡が光を反射して眼が見えない。どこか怪しげだ。
「お久しぶりです」
挨拶する、この声は。
聞き覚えがある。
これは、翠月を監禁していた声だ。
「久しぶり。玄夜の居場所、あんたが知ってるの?」
「いいえ。私どもよりは貴方のほうが詳しいかと」
丁寧な口調の外側に、翠月を馬鹿にしているような響きを感じる。
「そう。だったらいいんだ。代わりに、玄夜のこと教えてくれる?」
「彼から直接聞いたほうがいいのではないですか?」
「だーかーら、今いないって言ってるだろ。『君は何も知らされてない』なんて言ったんだ。当然あんたは俺より詳しいんだよな」
「それは勿論。彼が生まれる前からの付き合いだからね」
「……まさか、あんたの子供だとかいわないよな」
この男はだいたい30歳くらいに見える。だったら……ありえないことでもないだろう。
「まさか。…まぁ、僕が親代わりみたいなものなんだけどね」
「だったらよく知ってるだろ。教えてくれよ」
「そうだね…。僕の前に跪いて、『教えてください』と言うのならいいよ」
「……変態だ」
吐き捨てるように言うと彼は声をたてて笑った。
「翠月、だったっけ?キミ、自分の立場分かってるの?此処はキミにとっていわば敵陣でしょう。そんなところに一人で来てその態度?」
「そっちこそ、分かってるんだろうな。…俺は玄夜ほど優しくないし、あんたたちに思い入れもないんだ」
「……なるほど、ね。さすがは『ヴァイス・トイフェル』と言ったところか」
「『ヴァイス・トイフェル』?なんだよそれ」
「君たちは本当にそっくりだね。魂の双子。『黒い天使』と『白い悪魔』。独りではいられない、一つの兵器」
「分かるように説明してくれない?」
「それも含めて、君に全て教えるよ。立ち話もなんだから此方へどうぞ」
勧められるまま椅子にかけ、彼の話を聞く。
念のため出された飲み物には口をつけなかった。
ヒメルの目的、玄夜の存在、翠月の理由、二人の繋がり。
彼が語ることはこれまでのことにすべて説明がつく。
すべての話を聞き終わると翠月は席を立ち、海藤に艶めいた微笑みを向けた。
こんなところもそっくりだ。
これから起こる事態も十分に予想できた。
「俺、言ったよね。『玄夜より優しくない』って」
だから存分に痛めつけてあげる。
そう宣戦布告して、翠月は殺戮をはじめた。
『天使』のためならどこまででも非情になれる。
それが『白い悪魔』、翠月。
穢れを知らない真っ直ぐさで彼はただ玄夜のために、ひとを、ものを、破壊する。
その空間から翠月以外の生きとし生けるものが消え、廃墟と化したその部屋で。
翠月はひとり、微笑んでいた。
たった一人の大切な人へ、この想いが届くようにと。
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