私は籠の鳥だ。
――といってもこれは自由にならない身の上を喩えた比喩などではなく、文字通り、籠の中に捕らえられていることを意味する。
もっとも、私は鳥ではないからその部分は比喩に違いないのだけれど。
天井の高い部屋の中いっぱいに巨大な籠が置かれていて、私はその中に入っている。
こんな大きな籠、部屋の扉から入りそうもないのにどうやってこの部屋の中に入れたんだろうか。
疑問を投げかけても応える者はいない。
籠の上部よりもっと高いところに小さく見える窓から光が入ってくる。
かろうじて辺りを見ることのできる程度の明るさしかなかったけれど、それで十分だった。見るものなんて、此処にはないのだから。
さび付いた鳥籠に緑色の植物が絡みついている。
もうずっと水を与えられていないはずなのに緑色は鮮やかで生命力に満ち溢れている。
正直なところ、溌剌とした感じが鬱陶しい。
いつ頃からこの籠の中にいるのか、数えなくなって久しくなる。
陽が昇るを千回ほど数えたあたりでもう数えても意味はないと知った。
それからどのくらいの時が経ったのかは分からない。
「ちょっとした小休止だよ」と父様は言った。
すぐに出してあげるから、少しの間だけここで待っているようにと。
それからも時折私のところにきて檻越しに話をしてくれた。
けれども出してはもらえなかった。
私が日数を数えるのをやめた後しばらくして、父様はいらっしゃらなくなった。
誰もいない籠の中で私は再び無為を重ねる。
それが辛いと思ったことはなかった。
初めての、そして久方ぶりのことだった。
この部屋に、鳥籠の向こう側に、父様以外のひとが来た。
「だれ。」
父様と話したとき以来はじめて発した声は掠れていて、とうてい聞き取れるものではなかった。
もう一度試すと、今度はきちんと音になった。
「誰?」
「助けにきました、姫君」
初めて聞く男らしい声が応える。
おかしなことを言う。
此処には彼と私以外にひとがいないのだから、『姫君』は私であるはずだ。
けれど当の私は助けてもらうような状況にはない。
「何かと間違えていませんか?」
尋ねても彼は、そんなはずはないと言い張る。
「ここには伝説の『鳥籠に幽閉された姫』がいるはずです。貴女のことでしょう。助けにきました!」
「だから私は助けを望んでなどいません。帰りなさい。」
「従えません。自分はこんなに美しい方が閉じ込められているのは見たくないんです」
「だったら見なければいいでしょう。目を瞑って後ろを向いて、その扉から出ていきなさい。」
「目を逸らすのは解決ではありません!」
いちいち真っ直ぐなことばかり言う。
対応するのにも疲れてきた。
「……そんなに言うのなら勝手にしなさい」
彼は剣で斬りつけたり体当たりをしたりしていたけれども、鉄でできた籠はそう簡単には壊れない。
早く諦めればいいのに。
そう思いながら、なんとなく彼の様子を見ていた。
闇に沈み、光に照らされ、再び闇が満ちたその次の朝。
最初とくらべてふらついてはいたけれども、彼は諦めるようすがなかった。
諦めて帰ったらどうかと何度言っても聞き入れようとはしない。
疲労困憊して籠を壊したとしても、私は決して出ていかないのに。
だんだんと彼が気の毒に思えてきた。
けれど私は何もせずに、見るともなく彼を見ていた。
「開いた!」
小さな歓声が聞こえた。
ようやく檻を開けられたらしい。
彼は籠の中に入ってきて私に手を伸ばす。
「さぁ、逃げましょう」
「いや。」
間髪をいれず断った。
見るからに彼の肩が落とされる。
「どうしてですか!?」
「此処にいると約束したんだもの。」
いつか出してあげるから、と父様は言った。
その日が来るまでは私はここにいると決めた。
「どなたか存じ上げませんが、おそらくその方はもう亡くなっていらっしゃると思います」
「どうしてそんなことが分かるのよ。」
「……貴女が此処に閉じ込められてから150年が経っていますから」
「嘘。」
「嘘ではありません。外の世界を見に行きましょう」
「嫌よ。父様がお亡くなりになったらなおのこと、私が外に行く意味なんてない。」
「――いい加減にっ…!」
彼は私の手を掴むと、無理矢理鳥籠の外へ連れ出した。
「何をするのよ。」
「姫様は勝手にしろと仰いました。私はその仰せに従ったまでです」
畏まった口調でしゃあしゃあと言う。
「どうですか、外の景色は?」
「……分からないわ。」
比較しようにも、以前見た景色はもう記憶の何処にもなかった。
周りの風景が揺らいで、薄くなっていく。
私は部屋の中に、鳥籠の中に戻ろうとしたけれど、見えない壁に弾かれたように入れなくなってしまった。
灰色の空が、緑色の草木が、いろいろな色の建物が、白に近づいていく。
彼の声も聞こえない。
透明な景色の中、私はどこにもいなくなった。
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